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受け入れ態勢に限界が来ました。 食道癌の治療方法について、患者もしくは体験者が真剣に情報交換するためのサイトです。 患者本人以外の方は、サイト内にも表示して御座いますが、
1.氏名 ※上記事柄をご記入頂けない場合、返信いたしかねます。 ホットラインからどうぞ。 公開させて頂く場合は、必ずご了承を頂いてから行ないます。 |
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2001/08/30 私は父が2000年4月に食道癌と宣告されてから手術絶対反対でした。その私でさえ「やっぱり手術した方が…」との考えに変わっていったのは、やはり担当医の説明が気持を揺らぎさせました。「癌のある部分は100%ですよ」そう言われたからです。勿論 転移のリスクもある。でもそこが100%ならば生存率もグンと上がるのでは?と考えたからです。 でも結果的に抗がん剤1クール(4日間を 2回)、手術、そして一ヶ月後、予後の為と抗がん剤1クール&放射線。これで69歳の父の体はガタガタになり、その後再び大動脈(最初に発見された癌の後ろあたりらしいですが医者じゃないので解かりません)に1ヶ月の放射線治療。これで体力が保たれると思いますか?その間食道を広げるパイプを口から入れられ…。外来で不調を訴えると「○○さん何歳でしたっけ?」の言葉。何を言わんとするかは家族より本人が一番気に留めていました。自分の勉強した範囲で出来る事が無くなると医者は万事この通りです。今でもやせ細った父の背中をトイレでさすりながら涙が止らなかったのが忘れられません。 N様
2001/05/26 手術を受けなかったあなたの選択は正しかったと思います。食道ガンは絶対手術するべきではないと思います。私の夫は、2000年の1月11日、8時間に及ぶ食道亜全摘の手術を受け、放射線と抗がん剤の併用療法のあと3月15日退院しました。入院中も、退院後も食べる事との格闘が続きました。とにかく水を飲むのも困難でした。誤えんによる肺炎等も併発し、治ると信じて受けた手術で徐々に体力は落ち、10月にはリンパへの再発。 今年4月17日天国へ旅立ちました。壮絶なガン死でした。たった1年3ヶ月の延命に、はたして手術は意味があったのでしょうか・・・?手術と言うものは、体力を極端に落とし免疫力まで奪ってしまうように思えました。 1人でも多くの食道ガン患者が手術を選択しないで治療を続けられるよう願ってやみません。夫の失敗は二度と繰り返してはいけないのです。
K様
Kより
1/19
私自身も16日に大腸のポリープ除去を行うことになりました。また,相談させて頂くことがあるかもしれません。有難うございました。心強いHPですね。また拝見させていただきます。
Kより
2/10 >オミノです >大変な時に、ご連絡ありがとう御座います >どうしたかと心配しておりました >ただ、あまりの衝撃に何と書いて良いのか... >考えがまとまりません。 >今は運に縋るしか考えが及びません >さりとて、患者や家族の弱みにつけ込む、高額な民間療法にはくれぐれも嵌らな >いように! >後日、改めてメールさせていただきます >取りあえずの返信をお許し下さい 2/12
これから,色々な病気に対して勉強すると共に病院のことについても勉強してみたいと思います。
ありがとう御座いました。
Kより
御自分の治療方針について、はっきりとした展望、意志を持ち、ダメだと思っ なんでも医者にお任せ、の風潮が日本ではまだまだ主流ではありますが、情報の共有化、公開がアメリカ並みに普及していけば、オミノさんのような患者さんが、これからの患者像として模範になるだろうなぁ、と思います。
私の彼も癌です、それも食道癌でした。しかし、手術をして治った事になっています。手術後の生活は非常に大変です。彼はお医者のいうことをまんま鵜のみにする人なのでそのまま治療してもらっています。病院は○○○です。食道では権威とのことでした。 ですが、現状はもう入院を繰り返し会社もあやういです。正直困っています。まった く手術が必ずいいとは思えません。今は、点滴からくる重度の肩こりからまた入院 しそうです。このままでは病院なしでは生きてはいけないような気がしております。 I 様
その後お亡くなりになりました。合掌。 (主幹)
友人のご主人が食道癌です。9月末に手術をし、現在抗ガン剤治療も行っているとのこと。医者の最初の説明では、10月いっぱいの入院で退院できるとのこと。 ところが今の説明では、短くても今年いっぱいは入院とのこと。患者さん本人も、食べられない、薬の副作用はあるでとことん落ち込んでいるとのこと。 病院を選べる環境がうらやましいです。これからも、納得行く治療を受けて下さいね。
A様
私の親父がガンになったときなんて医者ってのは役にたたないのだろうと思いました。特にガン検診センターでの話と、そこで紹介された医者では全く疎通がなく、治療方針も全く違うし、もうどうしようもありませんでした。けっこう悔しい思いをしました。
I 様
実は先日母が緊急入院し、現在も継続中。私も翌日病院へ行き担当医に会い、話を聞いたのですがこんなのに任せておいていいの?ってなレベル。 私は数年前の有る事件以来、医者(組織化された)は、モラルの無い集団と考えている。(私のこの経験も載せたいくらい)
私もオルグの一員として、活動しようかな。さっそく、明日は母のところに行くので、このご老公の印籠でも見せてあげようかな(おバカな担当医にでも) S様
親父(直腸ガン;叔父もやられ昨夏昇天)のときは僕は母ほど当事者でなかったわけですが、それでもわけのわからぬ新薬を探したり、医者にお金を包み手渡したりとどたばたしました。すれちがう人たちが本当に別世界で生活しているんだとしみじみ感じたものでした。
I 様
私は母と母方の祖父、父方の祖母をがんで亡くしました。私の母が一時期帰宅していた頃、日中、他の家族3人は出勤、通学していたのですが、その間、母一人残っていて気を紛らす良い方法があったのか、今も疑問でなりません。ですので、どの様なカタチでも良いですから、そういうものを見つけてアピールし、奥様や娘さんが安心して留守にできるような状況も作ってあげて下さい。
あ、タバコはダメですよ(^^; W様
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