| 私の父(当時76歳)が昨年の02年8月ごろ通院している医院で(若干高血圧のため薬を服用)定期健診の胃カメラ検査を受けたところ、胃にポリープを発見されたがそれほど異常ではないが詳しく検査するために国立病院災害医療センターを紹介され、そこの内科で9月30日に内視鏡検査を受けた。
02年10月8日 食道ガンの宣告
災害医療センター内科の医師に父は内視鏡検査結果の写真を見せられながら「食道にガンがあって、内視鏡で取れる大きさではないので、開腹手術をしなければ無理。手術は外科でやるので10月21日に入院し22日にCT検査を行ってどのような方法で手術するか検討したい」と父に一方的ながん告知と手術の説明の仕方をした。その日のうちに私のところにも両親から電話で連絡を受けたが、父、母、私、3人とも青天の霹靂な状態。
02年10月10日 紹介状をもらいに病院へ
とにかくガンという病に関して知識がまったくないので、インターネットで少しでも情報を集めようと「食道ガン」で検索をかけると「ガン病棟からの脱出」にヒット。「食道ガン」がいかに完治しにくいガンであるかを知り、手術で病巣を取ってしまえばおしまいとばかりに私は考えていたが、手術が成功したとしても、高齢の父が術後に体力が落ちて回復しないほうがよっぽど心配になり、それよりも、放射線治療と抗がん剤の併用で手術をしなくても治せる方法がある、国立がんセンター東病院へと渋る両親を説得し災害医療センターへ。父にがん告知をした医師を3人で尋ね、ガン発見をしてもらった御礼をいい(医師の機嫌を損ねないため)「専門的なところで診てもらいたい」旨を述べ国立がんセンター東病院への紹介状と内視鏡で撮った写真を受け取り帰宅。
02年10月11日 国立がんセンター東病院へ
JR常磐線柏駅西口から国立がんセンター行きバスに乗って父と私は東病院へ向かう。8時30分受付開始の30分前には到着し、初診の受付手続きは8時45分にはすべて終わらせ、食道内科の受付で初診問診表を書き提出し、そこで待つこと約1時間。看護士に呼ばれて父が問診表の内容を確認されたとき「手術は希望しないのですね」「はい、それ以外の治療法でこちらは直していただけると聞いたものですから。できればそうして欲しい」「それが聞きたかったんです」丁寧に詳しく聞かれ、「ご指名される先生はいらっしゃいますか」と聞かれたが「おりませんので」と答えた。それからさらに3時間近く待ちようやく食道内科のH先生の診察を受け「内視鏡の写真を見た限りでは、手術をしなくても良いですよ。腫瘍は見た限りでは15ミリくらいでもう一度調べてから出ないとはっきりいえないが、小さいなら内視鏡で取れますから、食道の上の薄い膜の上だったらカメラで取れる範囲ですが、深いところにあるとリンパ節に転移している可能性があるのでその場合では抗がん剤とか使わないといけないから、転移していないか調べてからですね」と言った。そして父はガンが発見されるまでの経緯と今の症状を「飲み食いをしても何の痛みも感じない」など細かく訴え、先生は丁寧に聞いてくれた。その後は17日にCT検査と28日に内視鏡検査の予約をし、尿検査・血液検査・心電図・レントゲン写真等の検査をして帰宅。
02年10月17日
父と共にCT検査に国立がんセンター東病院へ。25日に結果の診断をH先生に予約。
02年10月25日
予約時間から1時間以上待ち。検査結果は、CTで見る範囲では転移はなしで、肝臓にのう胞があるが今のところはそのまま。肺と肺の間のリンパ節にも転移は見られない。この分なら内視鏡手術で取れそうなガンである。そのほかの検査結果の表を見ながら説明され、腫瘍マーカーCEAが高く、H先生は、父にお酒とタバコをいつごろはじめたか聞く、お酒とタバコを長く常用していると、その日の体調で数値が高く出てしまうことがあるという。(父のタバコはピース。二日で一箱のペース。お酒は昔ほど飲めない)先生としてはタバコはやめたほうがいいという感じだった。私が父のガンのステージを聞くと災害医療センターで撮った内視鏡写真を見ながら「ステージTもしくは0〜T.ただし28日の内視鏡検査(東病院にて)の結果を見なければわからない」とのこと。腫瘍マーカーのことが気になり、すい臓・肝臓・腎臓に転移の可能性が無きにしも非ず不安。28日の結果は11月8日に予約。
02年11月8日
28日の内視鏡検査の結果の診断を聞きに両親 私の3人で東病院へ。H先生は内視鏡で撮った写真を見せながら災害医療センターで写したときより、ガン自体は大きくなくステージ0〜Tで1センチに満たないが少し盛り上がっている。内視鏡で切除できる範囲ではあるが15日にカンファレンスで治療方針を決めるがH先生の意見として80%は内視鏡手術で大丈夫だろうとのことだった。29日にカンファレンスの内容を私たちに説明し、一応入院手術の予約も取っておこうということになり、12月3日入院 4日内視鏡切除 5日切除後の内視鏡検査となった。私がガンの大きさに変化がなければどうして災害医療センターで外科的開腹手術を進められ、内視鏡では取れないといわれたのか先生に聞くと「写真の見方によって違ってくるから」と答えられ「技術の差ですか」と突っ込むと苦笑いをされた。父自身はピンピンしていて本人いわく「ガン」であることが信じられないらしい。タバコは10月28日以来やめてしまった。
02年11月29日
H先生から15日のカンファレンスの結果を両親私の3人で聞く。前回内視鏡検査のときより楽観できない口調で、ガンがM1 M2(食道の粘膜を三層に分けて説明)までなら内視鏡手術は有効だがM3まで達していた場合ガンは取りきれずリンパ節に転移してしまう可能性があり、そのときは抗がん剤治療ですかと私が聞くと、父の場合は高齢なのであまり進められず、とり残った場合は放射線治療を進めるといわれた。カンファレンスではさらに詳しく調べるために超音波内視鏡検査もという意見出たそうだが、先生としてはそこまではしなくても良いと思うといわれた。それから私が外科手術の方法を質問(父は災害センターでは具体的な手術方法を聞かされなかった)それにも答えていただいた。ただし、内視鏡切除術もまれに失敗もあり、血液の流れをよくする薬など患者が服用していた場合、切除部分から出血が止まらなかったり、医師のミスで穴を開けてしまうこともあるそうだ。どちらにしても手術には危険が伴うが、災害センターで大規模な外科手術され食道を摘出されるよりこちらを選んで正解だったと思いたかった。最後に手術の担当医を聞くと「ぼくです」とH先生が答えられた。これで予定通りに入院手術となった。
02年12月3日 入院当日
国立がんセンター東病院へ私が同行し父が入院した。すぐに病室は整えられなかったので病棟のロビーで待ち、それからナースステーションで看護士さんから入院・手術の説明を受ける。翌日の手術はいつやるか予定がわからないので内視鏡検査室のほうへは早く来て欲しいこと。当日は緊張を和らげる薬を打つ。血圧の薬は必ず飲むこと。腕から局部鎮静剤を打つが気分が悪くなったら遠慮なく言って欲しいことなど。それからボランティアの人と病室に入る。出入り口には名札をつけないので部屋番号を父と2人でしっかり覚える。院内の設備を詳しく説明してくれるが、耳の遠い父には良くわからなかったようだ。「何でも聞いてください。病院側に聞きにくいことでも、わからないことは何でも聞いたほうが良いですよ」といって去った。あとは手持ち無沙汰で、着替えた父と院内を散歩して廻り、私は暗くなりかけたころ帰った。
02年12月4日 内視鏡手術
12時25分ごろから内視鏡切除術が始まり、付き添いの母と私が父のそばを離れようとしたとき、医師の一人から研究のために切除した部分の周りの正常な組織を少し取って電子顕微鏡で検査したいと言われ、患者本人には影響はないというので家族としてその場で了解する。手術時間は30分〜1時間といわれ12時42〜3分には終わっていた。拍子抜けするくらいの早さに感じた。内視鏡で切り取ったガンを見せられたが、レバー色で一センチ四方くらいのものだった。手術室で横たわっている父はさすがに痛くて涙目だったが、体のほかの場所にはダメージがないのだから大丈夫だと思った。
02年12月5日 再び内視鏡手術
ガンが取りきれていないという。2時少し前から再び内視鏡で切除。出血部分はレーザーで止血したと説明される。見せられたガンは昨日と同じくらいだが色は薄い。何度も内視鏡を飲み込まされた父は苦しがり、痛みは昨日以上だった。
02年12月6日〜10日 退院まで
医師に少し不信感が募ったが、その後の父の状態は術前にもらった「治療前後の生活
表」のとおりに進み、傷の痛みも和らいできたが胸の辺りの「もやもやした感じは取れない」と父は言う。それでも、体全体の調子は手術前とはまったく変わりなく、本人も家族も良くなっているのだと思いたかった。そうして体調を崩すことなく10日に退院した。
02年12月20日 切除したガンの検査結果と手術後の血液検査
外来にてH先生から、切除したガンは食道粘膜の表層にあるのみで、「ごく初期の食道ガン」で転移も今のところはなしとのこと。ただこの日の血液検査で肝機能の低下が数値に表れ、影響として術後の胃の粘膜保護・治療のために服用していた薬「セルベックス」・「ガスター錠」・「アルサルミン」または手術時の止血剤など考えられ、薬の服用は中止。来年1月10日に血液検査をすることになった。
03年1月10日 血液検査
検査の結果父の肝機能は数値が正常範囲にもどっていた。やはり飲み薬の影響だったようだ。次回の内視鏡の検査予約3月3日検査結果は3月14日に予約し帰宅。
03年3月14日 内視鏡検査結果
H先生に「中はきれい」と言われ、食道のガンを取った場所は異常なし。「2年間経過を見て再発がなければ大丈夫」といわれた。ただ腎臓の機能低下が指摘され、父は40代半ばに糖尿病を患っており、その影響ようである。とにかく父ともども家族でようやくほっとした気になり、「ごく初期の食道ガン」として適切な処置を受けられたと思った。ただ、もし食道ガンが再発してしまったら、抗がん剤や放射線治療は、高齢のため体力的に無理があるので、内視鏡切除が無難といわれ再発しないことを祈るのみ。次回内視鏡検査は9月1日。
以上が私の父が体験した食道ガンの闘病でした。医師の話を聞きながらのメモや病院でのやり取りを思い出しながら綴りましたので、聞き逃したことや医学の専門知識に欠ける部分があることと思いますが、オミノさんのサイトに出会えて手記を読めたことが、父と私たち家族にとって幸運で、大変参考になりお世話になりました。父の食道ガン治療に関しては、国立ガンセンター東病院という最善な選択ができたと思っています。父が体験したことを他の方たちにも読んでいただいて、少しでも参考にしていただければと思います。
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