ガン病棟からの脱出

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新たなる勝利者たち

食道がん闘病日誌
京都府在住 59歳 ステージT 、男性

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 2003年暮れも押し迫った12月末、食べたものを飲み込むとき左鎖骨のあたりの一点に軽い圧迫感があることに気付いた。
妻に「飲み込むときこのあたりで変な感じがするんだ」と話したら「ふーん、肺がんかもしれないね」と他人事みたいに言う。確かに40年近くたばこを吸っているから肺がんの可能性はあるかなと思い「そうかもしれないな」とは言ったものの余り深刻には考えなかった。

  正月が過ぎ、二月になっても胸の違和感は残っており、インターネットで調べてみるとこの症状は肺癌より喉頭癌か食道癌の疑いが強いことがわかってきた。

これは病名確定から癌消滅宣言までの記録である。

2004年2月10日
  やばいかなと思いながら京都 N 病院の消化器センターを受診。診察らしい診察もなく、受付で書いた問診表をもとに

2月13日 血液検査
  胸部、腹部超音波エコー
  腹部内視鏡検査
と医師が予約を入れ本日は終了となる。

2月13日

採血

エコー検査
  特に異常はないとのこと。

内視鏡検査
苦しいのを我慢してモニターを見る。「ポリープが出来ています。これが原因かもしれませんね。」と検査していた医者、親指大の突起が写っているのを自分でも確認した。組織を採取。液体(ヨウ素液 ルゴールというらしい)を吹きかけると黒くなる部分と ならない部分がある。着色しない部分ががんであることは予備知識として知っていた。

後で医師から「組織検査の結果を見ないと断定は出来ないが癌の疑いが強い。腫瘍の大きさは2〜2.5cmで場所は口から34cmのところ。また、24〜40cmの内部全周が着色していない。」といった説明があり、食道癌であることを確信する。「組織検査の結果を見て治療方針を決めましょう。これくらいの大きさなら手術は出来ます」とのことである。

なんとなく手術することになるのかと思いながら食道がんの治療方法を調べてみると

標準的には手術であり実績は一番高い。頸部・胸部・腹部を切開して食道を切除し胃を 吊り上げて食道の代用にする。同時にリンパ節を含む周囲の組織を切除(リンパ節郭清)するといった大掛かりな手術で体の負担も大きく、癌は治ってもその後の QOL は決して良くはない。手術による合併症として肺炎、縫合不全、肝・胃・心障害などがあり、 これらの合併症により2〜3%は手術後1ヶ月以内に死亡する可能性がある。

手術以外では、内視鏡による切除、抗がん剤、放射線療法、化学放射線療法などの方法 があるが、短期・長期の副作用(※) 、再発時の対応が難しいなどそれぞれ一長一短がある。
最近では国立がんセンター東病院等で化学放射線療法により手術に匹敵するほどの治療 成績を上げている。

(※)短期の副作用
      嚥下時の違和感・疼痛、腹部不快感・嘔気・嘔吐・食欲低下・下痢など
  長期の副作用
     放射線肺炎・胸に水がたまる

などの方法がある事を知り、オミノ氏のサイト「ガン病棟からの脱出」に巡り合った。皆さんの手記を読み、オミノ氏と何度もメールのやり取りをし、電話でアドバイスを頂きながら次第に「東病院で化学放射線療法による最高の治療を受けたい」と思うようになったが、場所的に遠いことから今ひとつ踏ん切りがつかない。

2月17日
京都 N 病院で食道のレントゲン検査。

2月20日
食道超音波内視鏡検査
   医師所見:リンパへの転移があるようだ。ステージはVか?

2月22日
国立ガンセンター東病院に電話。大津医師の外来診察日を確認。3月も変更ない由。気持ちは「東での治療」にさらに傾く。

2月25日
京都 N 病院  CT 検査。

   医師所見:リンパへの転移はなさそう。ただし、C/Tの間隔(10mm)以下の物は分からない。
   ステージはV。

なかなかはっきりしなかった病期がやっと確定。Vは重たい。
消化器科の医師が外科に予約の電話を入れてくれる。オペについての話し合いの予約と伝えているが私は手術を受けるとは言っていない。この時点で東病院で治療を受けることに決断がついた。担当医に東病院で化学放射線療法を受けたいと思っている旨を話し、紹介状を書いて頂くよう依頼し、了承をもらう。

2月27日
京都N病院 外科受診

東病院で治療を受けたいと話したことが外科にも伝わっているらしく、手術に向けた話はなく、病状の説明、治療方法の説明などの後、進行性の癌であるためゆっくりは出来ないといったアドバイスがあった。

3月1日
国立がんセンター東病院受診

大津医師の診断でステージはU〜Vとやや幅が出た以外これまでと同じような所見、 「入院の希望が多く、少し先になりそうだが予約しておくように」との話があった。「関西でこちらと同じような治療を受けられる施設はありませんか」と質問したところ、 大阪医科大学付属病院の紹介があったので「出来れば近くの病院のお世話になりたい」 旨を話し、キャンセルするかもしれないと思いながら入院の予約をとり、次回診察の予約は取らず東病院を後にする。

大阪医科大学付属病院を紹介され、近くで治療を受けられると喜んだものの、正直なところその病院のことについて調べる気力がないほど疲れてしまっていた。
結局東病院での治療を決断してその旨を病院に連絡、通院で内視鏡検査、 CT 検査等を受ける。3月19日東病院からの連絡で3月24日に入院することになった。

3月24日
父親の45回目の命日。「親父守ってくれよ」と思いながら東病院に入院。
早速各種検査のあと主治医となった堅田医師と面談。
これまでステージU〜VとしてきたがT〜Uの可能性がある。26日の超音波内視鏡ではっきりするとのこと、軽いほうへの診断の修正は歓迎したい。26日に治療方法について説明するので家族も一緒に聞いて欲しいとの話があり、急きょ家内を呼ぶことにする。

3月26日
超音波内視鏡検査の結果について連絡あり。
「そんなに深くはない。ステージはT。腫れの部分が大きくなっているので治療は早くし た方が良い。」
ステージTはうれしい。

午後、妻の到着を待って医師と面談。以下のような説明をうける。

病状

13cmにわたって全周に病巣がある。
深度はほとんどが粘膜内。結節部分では粘膜下層に達している。
CT ではリンパ節への転移はなし。ただし、超音波エコーでは6mmの癌が写っている。 ( CT では10mm以上を転移とするらしい)
ステージはT。

治療方針

抗がん剤と放射線による治療を行う。3週間を1クールとし、2週間の休みをはさんで 2クール行う。抗がん剤は5 -FU とシスプラチンを用い、各クールの初めの2週間投与 する。 5 -FU は毎日(月〜金)24時間連続投与し、シスプラチンは各週の初日のみ60mgを投与する。
放射線治療は土・日を除く毎日、計30回行う。

治療効果(統計)

癌消滅の確率は 90%
再発する可能性 20%
5年生存率 70〜75%

副作用

食欲低  悪心  嘔吐  口内炎  下痢  便秘
肺機能、腎機能低下  骨髄抑制  心嚢水  肺水  放射線性肺炎
食道の穿孔

癌が消えなかった(治らなかった)場合の対応を質問したのに対して
難しくなるが
  内視鏡による切除
  レーザーで焼く
  手術
等の選択肢があるとの説明あり。

3月29日(月)
  いよいよ治療開始。さまざまな副作用に苦しんでおられる方が多い中、私は普段からある便秘が強くなり、第二クールが始まった頃から倦怠感があって昼食を残すと言ったことはあったものの、割合軽くて済んだのは幸いであった。
  副作用を軽減するには水分の摂取が欠かせないようである。私は毎日2リットルの緑茶を飲んだ。

4月2日(金)
ノドがかすれてややだみ声になった感じ。医者にこのことを話すと、「治療が進むともう少し強くなるかもしれない」とのこと、薬を出そうかとのことだったが必要ないと断る。

4月3日(土)
抗がん剤、放射線ともに休みで久しぶりに点滴が外れる。普段着に着替え、入浴、散歩。

4月4日(日)
夕刻、胸(食道)に痛みが出たが何もせず、1時間程度で治まる。

4月5日(月)
左手の点滴を挿している部分が大きく腫れて医師の診察を受ける。点滴の薬剤が漏れたようだ。「今後炎症を起こして痛みが出る可能性がある。その場合は注射を用いる。」とのこと。
点滴を右手に代え、湿布しながら様子を見ることにする。
後刻、医師回診。
「左手の腫れはだいぶ引いたようだが念のため注射を打っておく」とのことで、炎症を防ぐ薬の筋肉注射を打ってもらう。
「これから明朝にかけて発熱、発赤、熱感などの症状が出たら更に注射で薬を使う」との説明有り。
薬剤が抗がん剤なだけに、漏れたりした場合は気を使うのだろう。
その後は変わったこともなく注射も打たずにすんだ。
しゃっくりが出るが2時間程度で治まる。抗がん剤の影響らしい。

4月14日(水)
ロビーで休んでいるところに主治医が来て、「今朝の血液検査でカリウムの数値が高い。場合によっては心停止など最悪の結果を招くこともあるので、明日再度検査させて欲しい。」と少し焦った様子で話があった。再検査は当然了承。

カリウム濃度
  正常値:3.5〜5.0
  検査値:5.7
  原因:消化管出血 腎臓からのカリウム排泄の障害 カロリー摂取量の不足
      偽性高カリウム血症(採血の際細い針で急激に吸引するとカリウム値が上昇することがある)
  症状:脱力感 筋麻痺 知覚異常 悪心 嘔吐 心拍細動 心停止

今こうして手記が書けていると言うことは「心停止」せずに済んだようである。

4月15日(木)
血液再検査。 異常なし。カリウムの値が高く出たのは採血時の問題(偽性高カリウム血症)だったようだ。

4月16日(金)
本来はこの日で第一クール終了のはずであるが、4月9日に設備のメンテナンスのため放射線治療が休みになり日程が延びている。1日の延長なのだが土・日をはさむため都合3日の延長となる。

主治医と今後のスケジュールについて面談。

4月19日 退院
4月27日 外来で血液検査 内視鏡検査を行い、これらの結果を見て第二工程の日 程を決める。ただし、検査結果如何にかかわらず第二工程までは必ず実 行する。
5月7日頃〜 第二工程治療開始
退院後、自宅療養中の緊急対応は電話のみ。急激な発熱などがなければ普通に生活して 構わない。

といった事柄を確認。「退院」の言葉が出てくるのはうれしい。

4月19日(月)
放射線治療を9時前に終えて11時に退院。

4月20日〜4月26日
自宅で普通に生活。少し疲れやすい時もあったがそんなときは横になって休む。家族とドライブなどを楽しむ。

4月27日 東病院外来受診
血液検査  白血球数  2500
内視鏡検査(組織採取)

医師と面談

結節は半分以下の大きさになっている。
食道に炎症があるためヨードを使った検査は出来ない。
白血球2500は治療を継続できるぎりぎりのところ。予定通り入院・治療継続にする が、入院時更に低下している場合はいったん退院となる。

5月1日(土)
自宅に妹が訪ねてくる。いっしょに来た妹の友人のご主人は、食道癌の手術を受け回復して普通に暮らせるようになったものの、5年後に再発してとうとう帰らぬ人となったとのこと、とても人事とは思えない。

5月7日(金)
2回目の入院
早速尿検査、血液検査
医師回診
    血液検査の結果は OK だったので予定通り月曜日から治療を開始する。

5月10日(月)
第二クールの治療開始。治療内容は第一クールと同様。

5月13日(木)
体調悪し。1日ほとんど寝て暮らす。昼食半分残す。

5月14日(金)
放射線治療20回終了。残り10回は角度を変えて照射するため新たな治療計画を策定(胸の線の引きなおし)。脊髄への放射線照射を出来るだけ少なくするための措置らしい。

5月17日(月)
骨髄抑制の状況を見るための血液検査。結果を見て今週の治療方針を決定するとのこと。
WBC (白血球)= 5100 治療継続に問題なし。

夕食後不快感強し。19時ごろには就寝。

5月21日(金)
夜中(22日午前1時ごろ)眠れないため睡眠剤を処方してもらい、そのあと良く眠る。
翌朝、これまで悪かった体調が幾分良くなった感じ。このところの体調不良は睡眠不足が原因か?

5月22日(土)
主治医と今後のスケジュールについて面談。

5月31日 退院
6月15日 外来にて CT 、内視鏡検査で治療効果の最終判定を行う。家族同席のこと。

こういった打ち合わせはうれしい。
今回の治療で予定されている抗がん剤治療は今日ですべて終了。今日は放射線治療もなし。

5月28日(金)
退院前の血液検査

白血球 4500   やや低い。感染には要注意
赤血球 310 貧血気味
ヘモグロビン 10.6
血小板数 10.9   炎症あり
退院に向けてナースステーションより連絡あり
   5月31日退院
   6月15日外来・検査

5月31日(月)
すべての治療が終了し退院。

6月15日(火) 外来

血液検査
CT 検査
内視鏡検査

モニターを見ていると、小さいながら食道に膨らみが見える。癌が残っているようだ。 これは大ショック!

医師の説明

内視鏡検査で2個の隆起が見つかった。小さな隆起であり、ヨードでは着色しているの で癌が残ったわけではないと思うが確認する必要がある。次回外来時にもう一度内視鏡 で観察する。

次回外来を6月29日に予約

6月29日(火) 外来

血液検査
内視鏡検査

いつもの検査室ではなく別の部屋で受診。主治医自ら機器を操作して検査にあたって くれる。ここでは患者はモニターを見ることは出来ない。

医師の説明

前回の CT の結果他臓器への転移は無い。また、隆起部分の組織検査も陰性だった。
本日の血液検査では異常は認められない。
内視鏡検査では隆起は残っているが大きさに変化は無い。今日は隆起部分をすっかり取 った(医師曰く...むしりとった)ので病理検査に出す。結果は来週判明する。
隆起はおそらく繊維の塊だろう。

次回外来を7月6日に予約。早く結論が欲しい。

7月6日(火) 外来
 診察室に入るなり「いい結果が出ています。隆起部分の病理検査でがん細胞は見つからず癌は消滅しました。」待ちに待った「癌消滅宣言」である。
 以前は、私の6月15日の状況ではその時点で消滅宣言を出していたらしいが、再発したケースをレビューした所、隆起が見つかっていた人が多かったことから、最近では消滅宣言を出すのに慎重になっているのだそうだ。

 これからは再発を監視するためのフォローアップ体制に入ることになる。当面、3ヶ月ごとに検査を受け、その後は6ヶ月、1年と間隔を延ばしながら5年程度経過を観察することになりそうだ。

 主治医に「長期になるので地元の病院の世話になりたい」と申し出たところ、「それでも構わないが担当医として半年程度は直接様子を見たい」とのこと、医師の意見を尊重することにする。また、もしよその病院で再発が見つかった場合、これまでに受けた治療と今後の治療の整合性をどのように考えたらいいかと質したのに対し「手術を勧められるだろう。放射線治療後の手術は難しい面があるので当院にセカンドオピニオンを求めて欲しい」とのアドバイスがあった。

再発した場合の選択肢としては

内視鏡による切除
レーザー治療
外科手術

などがあることを聞いている(局所再発の場合)。

 再発の無いことを願いながらも、可能性を抱えているある限りこれからも癌とのお付き合いは続きそうである。

page uploaded on 2004/07/25


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