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勝利者たちの闘病記にささえられて
大阪在住 70歳ステージI、男性
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70歳を目の前にして食道癌を宣告された父の闘病記です。 平成15年12月18日、癌と診断されてから1ヶ月半、大阪の3つの病院に入院予約をし、右往左往した末に国立がんセンター東病院に行き着くまでの私達家族の顛末を、お知らせしたいと思います。 平成16年1月30日入院し、4月5日に治療を終え、平成16年7月26日、「癌が消えた」といわれました。 T.癌告知から国立がんセンター東病院入院まで 平成15年12月7日、山梨の職場に、大阪の実家にいる妹から、「父が1ヶ月ぐらい前から食べ物が引っかかるので検査をしてもらったけど、もしかしたら、食道癌かもしれないので、検査の結果の説明を一緒に聞いてくれないか」という電話がありました。 私は看護師ですが、専門は小児科で大人の癌のことは詳しくわからなかったので、とにかく食道癌のことを調べてみました。食道癌の場合、限局された早期癌以外は、食道を全摘する侵襲の大きな手術になること、最近は内視鏡を使った侵襲の少ない手術方法も行われていることがわかりました。そこで食道癌で手術をするなら、経験の豊富な病院がよいし、内視鏡を使った手術についても検討する必要があると考えました。また食道癌であっても、内視鏡で切除できる早期の癌であって欲しいと思いました。 妹は癌治療についての一般書や病院ランキング本を読みあさっていました。大阪で食道の手術をするのなら手術件数も多く、有名な医師のいる、BセンターかCセンターが良いだろうと調べてくれました。また西尾正道先生の「放射線治療医の本音」を読んで、放射線治療も有力な選択肢だといっていました。私はこのときはまだ、放射線治療は最後の手段だと思っていました。妹が探した病院ランキング本に、セカンドオピニオンで聞く項目が書かれてあり、それをメモし、ノート持参でA病院へ説明を受けに行きました。 12月18日、検査をしていただいたA総合病院の内科の医師に説明を受けました。父の癌は、粘膜下層に限局しているステージTの食道癌でしたが9センチと広範囲であり、内視鏡切除は無理なため、外科的治療が必要であるという内容でした。手術の詳しい説明は、外科の先生から聞いて欲しいといわれました。 12月19日、父、母、妹、私の4人で外科のX医師の説明を受けました。X医師は「ステージはT、長さは9センチ。CTの検査からリンパへの転移は認められていないが、念のため食道と近くのリンパ節も切除する標準の手術をするほうが良い」と説明されました。いまなら年明けすぐに手術ができるから、すぐ入院と手術の予約を入れるように勧められました。手術件数や手術以外の方法はないのか、などの質問をしたのですが、医師のペースにのせられ、早く手術しなければというその場の雰囲気で、入院の予約をして帰りました。 しかし、帰宅後、「この病院で本当に手術をしてもいいの?」と妹が父に確認したところ、とりあえず他の病院の先生の意見も聞こうということになりました。 私と妹とで、もう一度A病院へ行き、「セカンドオピニオンを聞きたいので、BセンターとCセンターに紹介状を書いてほしい」と受け付けの看護師さんにお願いし、なんとか紹介状をかいてもらい、フィルムを借りました。 12月22日、癌の外科手術で有名なBセンターで、セカンドオピニオンを受けるため、家族4人で受診しました。Y医師は検査結果とフィルムをみて、所見が妥当であり、私も手術を勧めると説明されました。Y医師は私達の質問にも丁寧に答えてくださり、信頼できる先生という印象を受けました。その日にとりあえず入院、手術の予約をしました。 12月25日、妹と父がCセンターへ、セカンドオピニオンを聞きに行きました。CセンターのZ医師も同じ意見で、Cセンターでは内視鏡を使った手術を行っており、開胸術と同程度の成績が得られていることを説明してくださいました。少しでも楽な手術の方がよいと家族で話あっていたので、その場で手術のお願いをしましたが、Z先生は「他の病院の予約を断ってから1月6日にもう一度手術の予約にきて下さい。」といわれました。 そこで、12月26日、父は恐縮しながら電話でBセンターのY医師に内視鏡を使った手術をしようと考えていることを伝え、Y医師は快く承諾してくださいました。A総合病院へは母と妹が出かけ、内視鏡を使った手術をすることに決めたことを伝えました。 1月6日、Cセンターへ父と私とで手術のお願いに行きました。私は初めてZ医師にお会いしたのですが、すこしあいまいな説明をされる先生だなと感じました。この病院で手術をすると決めたのですが、先生の印象と新しい手術であることに不安を感じていました。 1月8日、山梨に帰ってから、手術をうけたあとどのように回復していくのかが知りたくて、食道癌の手術を受けた方が書かれた本や、インターネットのページがないかを調べていました。 そして、ついに「ガン病棟からの脱出」のページを見つけました。最初は放射線と化学療法で本当に治るのかと半信半疑で読んでいました。多くの勝利者のかたの闘病記と、A総合病院の先生が、東病院で放射線化学併用療法の治験がされていると話されたことを思い出し、これは信頼できると思いました。(患者さんの言葉だけでは信じられないところが、医療従事者のいやなところですよね。)本当に手術をしなくて治る可能性があるのなら、それに越したことは無いと思いました。 母は、せっかく父が手術を決心したのに、また迷わせるようなことをしなくてもと思い、父に知らせない方がいいと思ったようです。しかし、妹が、手術しない方法があることを、後で父が知ってもし後悔することになったらつらいだろう、と母を説得しました。 そのころ、父は、妹が取り寄せた資料を読んで、癌の告知以上に手術の大変さにショックをうけて、夜も眠れなかったようです。Cセンターで手術をすることを決めたのですが、情報が多くあればあるほど不安になり、気持ちが滅入って食事も喉をとおらなくなっていたそうです。 Cセンターの入院を待っていた、1月9日、ゴルフへ行ったときも、「天気もよく、食事もおいしく、楽しくすごしているのに、手術をして元気な胃をとるなんて、腹だたしい。」と思ったそうです。 1月10日、父へ「ガン病棟からの脱出」のページのことを話しました。 手術をすることに疑問を感じていた父は、母の不安をよそに、迷うことなくすぐに東病院へ行くことを決めました。その夜遅くまで、家族で、皆さんの闘病記を読みふけりました。 東病院を受診するには紹介状が必要で、それが頭の痛い問題でした。結局A総合病院で書いてもらうしかないだろうと、1月13日、妹がA総合病院へお願いに行きました。3通目の紹介状なのでお願いしにくかったのですが、内科、外科、内科と回されましたが、何とか書いてもらえました。 1月14日、大津先生が診察される水曜日に、国立がんセンター東病院を受診しました。大津先生に診察をうけ、ステージ1の場合の治療方法と治療成績、副作用の説明を丁寧にしていただきました。説明を聞いた後すぐに、治療をお願いし、入院の予約をしました。入院は1月末ぐらいになるとのことでした。 入院治療をお願いする場合、その日に内視鏡検査ができるので、朝食を抜いていったほうが良いと思いました。父も内視鏡検査をうけてその結果をすぐに大津先生より説明していただきました。 U.入院闘病記 1月30日、入院しました。担当医師は細川先生、桑村先生、放射線担当医師は小野沢先生、看護師は第1クールの入院は金岡さん、第2クールの入院のときは池田さんでした。 ステージIの治療は、放射線治療1回2gryを30回(全量60gry)、化学療法は2クールになるということでした。 詳しい治療の経過は、表のとおりです。 1クール目入院記録(平成16年1月30日〜2月25日)
2クール目入院記録(平成16年3月10日〜4月5日)
父の場合、入院中の副作用で困ったことは、しゃくり、便秘ぐらいで、そう苦しくはなかったようです。しかし入院の最後の1週間と帰宅してからの1週間が治療中で一番苦しく、むかつきと食欲低下でほとんど食事が取れない状況でした。今考えると、放射線治療の影響がこの頃一番強くでていたようでした。 5月に入り、食欲が戻り、体調も良くなり、ゴルフもいけるようになりました。 父の東病院入院中、週末には母や妹、私が交代で面会に行きました。そのとき、ホテルサンガーデン柏(пF04-7166-3111 シングル8400円。インターネット割引あり)を利用しました。柏駅東口から近く、コンビニが隣にあります。清潔で気持ちの良いホテルでした。
V.退院から現在まで 退院(4月5日)後の診察などを以下にまとめます。 4月19日:血液検査と細川先生診察。血液検査、白血球の著明な低下はなし。 4月30日:CT 内視鏡検査。 5月10日:血液検査。細川先生診察。CTは異常なし。内視鏡検査はまだ食道の粘膜のただれがあるためはっきりわからないので、6月15日に再検査を受けることになる。細川先生より、PET検査を勧められ、5月25日予約する。 5月25日:PET検査。 6月1日:服部先生診察。(細川先生が転勤のため主治医が服部先生に変わる)PET検査の結果は大丈夫でしょうとのこと。 6月15日:内視鏡検査、採血、服部先生診察。内視鏡検査の結果は異常なし。1年以内の再発、転移が20%前後あるので今後も注意していきたい。念のため次回は7月13日にCTと内視鏡検査をしましょう。 7月13日:CT。内視鏡検査。 7月27日:服部先生診察。内視鏡検査の結果は異常なし。癌は消えている。 次回からは3ヶ月ごとの検査を続けることになる。 10月12日:CT。内視鏡検査。 10月26日:服部先生診察。内視鏡検査は異常なし。CT検査の結果、肺と心臓のまわりに水が少したまっているが、今のところは大丈夫とのことでした。 晩期後遺症として、胸水、心のう水がたまることは説明を受けていたので、驚くことはありませんでした。
現在、父は、食欲もあり、ほとんど治療前と変わらない生活をしています。 「ガン病棟からの脱出」のページに出会わなかったら、手術をしていたかもしれません。放射線化学併用療法を選んで、本当に良かったと家族全員で思っています。
父からです。国立がんセンター東病院の大津先生、細川先生、服部先生、桑村先生、小野澤先生、金岡看護師さん、池田看護師さん他看護師の皆様に、大変お世話になりました。厚く御礼申し上げます。 また、新たなる勝利者たちの闘病記は、闘病の折々に何度も読み返しました。皆さんの体験に、励まされ、大きな支えになりました。 本当にありがとうございました。 page uploaded on 2004/11/02 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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