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静岡県立静岡がんセンター
静岡在住 57歳ステージIV、女性
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静岡県在住の普通のおばさんが、デジカメ・インターネット・パソコン、 流行だし面白そうと思い立ち、一式買い揃え教室に通い始めた。 その僅か数ケ月後に食道癌になり、初めてメールを送る相手がオミノさんとは思いもよらなかった。 それまでの私は,月1〜2回のペースで温泉地に行くことを楽しみとしていた。 私が食道癌になったこと、親・兄弟・親戚、もちろん近燐の人にも誰にも知らせてない。 入院中、主人は1度も病院に来ていない。
3月末風邪を引いた。のどの痛みだけがなかなかとれない。 4月 総合病院で胃の検査をした。素人目にも、明らかな異常が見えるレントゲンフイルム。 1週間後に入院し、検査をできる限り早くしてもらえるようにするからと、 もしかしたら…癌。そんな予感がしていたけど、現実となると何をどうするべきか?頭に浮かばない。 家に帰り主人に話すと、私以上にショクを受けた。でも、今日、明日死ぬわけでない。 それからの数日間インターネットで食道癌の事を調べまくった。 あちこちの癌専門の病院へ電話をして話を聴いた。(国立、愛知県、静岡のがんセンター。大阪府立成人病センター) この頃、(食道癌のことをインターネットと、総合病院が近くにあるため院内図書館の医学書で)手術以外の選択肢もあることを知り、私は、手術以外の方法に決めた。 主人は、「遠くても良い、本人が納得して治療が出来る事が最優先!お互い、あの時ああすれば良かった、こうすれば良かったと後悔することのない様に出来るだけの事はしよう」と言ってくれた。 そんな時『ガン病棟からの脱出』を見つけ千葉行きを決めた。 癌!癌!と思うと、入院を待っている間どんどん進行しているような気がする。 明日入院という夜、パソコン初心者の私が初めてのメールを送った相手がオミノさんだった。 その夜、思いもかけない人、オミノさんからの電話があった。 総合病院に入院当日 主人には余所の病院にセカンドオピニオンを受けに行くのでと、入院の断りの電話をしてもらっている頃、私は新幹線の中だった。 国立がんセンター東病院に午前10時頃着いた。大津先生に午後2時ごろお会いできた。 手にしている資料と言えるものは、総合病院で渡された『食道のここに異常があります』と絵の描かれた説明対象者用の紙1枚のみ。(今思えば大津先生も対応に苦慮したでしょうネ。) 大津先生は小柄な、穏やかな話し方をする人でした。 本当に国立がんセンター東病院と同じレベルの治療が出来るのか?医師も大事だけど放射線技師のレベルも大いに必要だから、と言う私に、 同じレベルの治療が出来るのならば近くのほうが良いに決まっている。
県立静岡がんセンターでも本当に国立がんセンター東病院と同じレベルの治療が出来るのか?(私) こうして、総合病院〜国立がんセンター東病院〜県立静岡がんセンターへすべて一人で行動。 県立静岡がんセンターの看護師さんが、「一人住まいですか?ご家族の方は?」と聞いてきた。 静岡がんセンターに3〜4回の通院検査。 検査結果が出る日は主人が一緒だった。 「放射線化学併用療法。手術もできますがどうしますか?」(廣中先生) 放射線化学併用療法の簡単な説明を受け、ロビーへ。看護師から『放射線化学併用療法(シスプラチン+5-FU+放射線療法)を受ける方へ』と書いてある10枚にもなるプリントを渡された。
入院治療予定 3〜4年前に出来た病院で、病室も2人室と、個室(1万円)がある。 5月、冷たい飲みものがいい。売店へ…… 1クール二日目から吐き気がおき、食事がとれなくなった。 2クール目。吐き気が強く、匂いにも、配食車の遠くからの音にも… 2クール目を終え、家で1ヶ月過ごした。 1ヶ月後の8月、県立静岡がんセンターへ。 したがつて、3クール目する必要が無いでしでしよう。(廣中先生) 消滅。辛い治療に耐えた最高の喜び、癌になってからの私は変わった。 2005年末・年始、雪国の温泉に行く。 2005.12.28.
雪を見ながらの露天風呂。傷がないため誰の目も気にせず入れる喜び(女性なら特に) 放射線化学併用療法をしようと決めたけれど、何処の病院に行ったらいいのか判らず、不安の時を過ごしていた時 今、自分がおかれている状況(ステージW)を考えると、ますます放射線化学併用療法を選択して良かったと思います。 オミノさんにとってサイトを維持していく事は大変な事と思いますが、サイトを見て一人でも多くの人が放射線化学併用療法を選択してくれるといいなと、思います。 2006.02.10 page uploaded on 2006/02/13 |
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