ガン病棟からの脱出

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新たなる勝利者たち

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New Generation
新たなる6週間治療法
五十二歳ステージII、男性

○ プロローグ

2004年5月1日現在 1952年1月生れ52歳 神奈川県藤沢市在住

ステージU(腫瘍2〜3 cm)国立がんセンター東病院( 主治医:浜本Dr )

2003年11月14日入院 2003年12月26日退院 2004年1月15日ガン消滅


○ 4クール治療法と6週間治療法

放射線化学療法で行うステージU以上の従来の「 4 クール治療法」では、治療期間が

4 クールで 4 〜 5 ヶ月要していました。しかし、新しい「 6 週間治療法」では、連続 6

週間(1 . 5〜2カ月)と治療期間が大幅に短縮され、従来の治療法や手術よりもはる

かに早く社会復帰が可能になった事実です。

「 6 週間治療法」はアメリカでの臨床実績は十分あり、「 4 クール治療法」と同等の効

果を上げているとのことでした。しかし、私が治療を受けた時は日本国内での実績は

少なく、私の周りの同病仲間も「 4 クール治療法」での治療でした。おそらく「 6 週間

治療法」への切り替えを、試行錯誤しながらの模索段階だったかと思います。

同時期に入院し「 4 クール治療法」で治療中の同病仲間は、私の退院後も治療を続け

ており、混乱を避ける意味でも、闘病記の掲載を今日まで差し控えさせて頂きました。

今では、「 6 週間治療法」での治療実績も増えていると伺っており、今後は新しい「 6

週間治療法」での放射線化学療法が、主流になるものと確信しております。

<化学療法>

「 6 週間治療法」 は 
第1,5 週目  シスプラチン 65 mg ( 2 時間 ) × 2 回( 1 週間 1 回× 2 )
5-FU 850 mg ( 24時間 ) × 8 回( 1 週間 4 回× 2 )

「 4 クール治療法」 は
4 週間      シスプラチン 55 ml ( 2 時間 ) ×   4 回( 1 週間 1 回× 4 )
  5-FU 550 ml (24時間 ) × 20 回( 1 週間 5 回× 4 )
2 週間      シスプラチン110 ml ( 2 時間 )

×   2 回( 1 週間 1 回× 2 )

  5-FU 1,100 ml (24時間 ) × 10 回( 1 週間 5 回× 2 )

「 4 クール治療法」 は、抗がん剤を含んだ総容量 ml 表示なので、実質 mg が解りま

せんが、抗ガン剤総量は同じとのことです。 ( 「 6 週間治療法」 の 1 回の容量 ml ⇒

シスプラチン は、生理食塩液を含め 630 ml 。 5-FU は、ビタメジン1 V 、ラクテック G

500 ml 、ソリタ T3G 1,000 ml を含め、 1,517 ml )

<放射線療法>

「 6 週間治療法」 1.8 グレイ × 28 回 = 合計 50.4 グレイ
    食道及びリンパを含め全体照射  1.8 グレイ × 23 回
    腫瘍のみ局部照射          1.8 グレイ × 5 回
「 4 クール治療法」   2.0 グレイ × 30 回 = 合計 60.0 グレイ

晩期毒性(治療後、数%の人が肺や心臓に水が溜る後遺症)の障害を減らす目的で、

照射方法を改善しました。照射位置は前後だけでなく、肺や心臓を避け左右斜め方向

を加えた 6 方向照射に変更しました。又、 1 回の照射量を10%減らし、合計では16

%も減少しました。当然ながら、身体の負担は軽くなりましたが、効果は従来の方法と

同等とのことでした。

○ 定期健康診断

03年10月10日(金)定期健康診断を健康保険組合で受け、バリウム検査の結果、

食道に2〜3センチの腫瘍が見つかり、食道ガンの疑いありとの診断を受けました。

早速「神奈川県立がんセンター」の紹介状を貰い、手術を念頭に 10 月 14 日(火)

検査予約を取りました。

帰宅してインターネットで色々と調べる内に、食道ガンは膵臓ガンに次ぐ厄介なガンで

あることと、手術は食道を全部摘出し、胃を細長く加工し代替食道とする 10 時間前後

に及ぶ大手術になり、例え成功しても元の健康な体に戻れない等が解り、事の重大さ

に驚きました。

処が、オミノ主幹の「ガン病棟からの脱出」サイトを見つけ、3連休中に何度も読み返し、

「国立がんセンター東病院」の大津 Dr に診て頂こうと決心しました。絶望感から一筋の

光明を見出し「神奈川県立がんセンター」の予約を断り、大津 Dr への紹介状を再度書

いて貰い、「国立がんセンター東病院」の予約を取りました。


○ 国立がんセンター東病院での診断

03年10月20日(月) 紹介状とバリウム X 線写真を携えて、国立がんセンター東病院

に行き、幸運にも初診日から大津 Dr に診て頂き(当日はレントゲン、心電図、血液、尿

検査)、 10 月 28 日にCTと内視鏡検査(細胞摂取)を行い、翌日にはガン細胞が確認

されました。ガンの浸潤を確認するため 10 月 31 日9時に超音波内視鏡検査を受け、

11 時には検査結果が出て大津 Dr から、一部が筋層に達しており「U期初めの食道ガ

ン」と診断されました。

5年生存率50%のステージであることと、今後の治療方法として「外科手術」と「 放射線

化学療法 」の2つの治療法があり、それぞれのメリット・デメリットの説明がありました。

日本では、手術の方が長年の実績があり一般的であること。一方、「 放射線化学療法 」

は7〜8年の実績しか無いが、治療によるガン消滅率は70%→治療後の再発率は30

%とのことでした。食道を温存でき手術と同等の効果が得られ、健康人と変わらない生

活を送れることから、「 放射線化学療法 」を選択しました。

大津 Dr より、従来の 4 クール治療方法 では無く、 6 週間連続の新しい治療を薦めら

れました。抗がん剤は従来と同等量を2週間 ( 第1週と5週 ) で投与する為、便秘・下痢・

嘔吐・口内炎等の副作用は厳しいが、放射線療法は大幅に改善し、アメリカでは従来の

4 クール治療法 と同等の臨床実績を上げているとの説明でした。その後、私の担当主

治医となる 消化器内科の 浜本 Dr を紹介され、 11 月 17 日より治療予約を入れて頂

き、入院予約手続きを取りました。順調に進めば、 12 月中に治療は終了するメニュー

でした。


○ 6週間治療法開始
<1週間目:体重 入院時66.5kg >

03年11月14日(金) 入院。抗がん剤の利尿用として、お茶ペットボトル2リットル入りを

6CT 持参(病院の売店では 500ml しか無い)。看護師さんより入院施設等の案内を受

けた後、金土曜日の外泊許可を貰い帰宅する。(以降 毎週土日は外泊)

11月16日(日) AM 10 時より、抗がん剤投与前の腎臓機能検査及び腎臓保護剤2リ

ットル(ラクテック G 500ml ソリタ T3G 1,000ml )を 24 時間点滴開始 。

11月17日(月)治療前に浜本 Dr より、「この治療法でのガン消滅率は70%です。30

%の患者さんは治らない確率ですが、その場合は、ガン部位をレーザーで焼き切る治療

方法もありますので、ご安心下さい。」又、「治療により完全にガンが消滅しても30%の

再発率がありますので、治療後も定期的に検査を受けて下さい。早期発見であれば、内

視鏡で除去できます。」との説明がありました。最悪この治療で治らなくても二の矢・三の

矢がある。再発しても治して貰える。これで、安心して身を委ねることが出来る。後は、何

があっても自分は治るのだと信じて、治療に専念することだと思いました。

AM 10 時より、 4 日間連続抗がん剤投与開始(初日:シスプラチン 630ml 、5-FU 1,517

ml 、カイトリル(吐き気止) 110ml 、生理食塩液 1,000ml =合計 3,227 ml )又、利尿用

のお茶等3リットルを飲み、合計 6,227ml が体内に入り、排泄の検尿量は 6,795ml (夜中

も含め 2 時間毎に排泄)に達し、寝不足気味( 5 日間続く)だが、病院食は3食とも完食

する。

(但し、副作用なのか便秘になる) PM 2 時より、 28 回の放射線治療を開始(月〜金曜

日1 週 5 回:治療時間は2〜3分)する。

11月18日(火)より20日(木)迄の抗がん剤は、シスプラチンを除いた 2,597 ml を投与

し、お茶等3リットルを飲み、合計 5,597ml が体内に入り、排泄の検尿量は 6,000ml 前後と

なる。

この日も便秘だったので下剤を貰い飲む。病院食は3食とも完食するが、吐き気が強く

なる。又、夜中も2時間毎に目が覚めるので、この日より度々睡眠薬を貰う。

11月19日(水) 浣腸の末、 3 日目でやっと便秘は解消される。一方、吐き気が強く病

院食は、半分食べるのが精一杯となる。朝食後の歯磨き中に、突然嘔吐する 。

11月20日(木) 吐き気が強く、食事の時間帯になると遠くの配膳車の臭いが気になる。

病室に充満した配膳の臭いに我慢出来なくなり、昼食後また前触れも無く嘔吐する 。

11月21日(金) AM 10 時 抗がん剤終了。その後、腎臓保護剤2リットル(ラクッテク G

500ml 、ソリタ T3G 1,000ml ) 24 時間点滴を開始し、翌 22 日(土) AM 10 時終了

( 点滴は、日曜日から連続6日間投与 )

○ 治療 2 週間目 <03年11月25日(月)〜03年11月30日(日):体重 63.0kg>

放射線治療( 5 〜 8 回)のみ。放射線の副作用は出ていないが、抗がん剤の副作用で

吐き気は残る。

11月25日(月) 抗がん剤の副作用で、口外炎(唇の裂け)と口内炎が出始め、口外

炎にデキサルチン軟膏、口内炎にはエレーヌと、うがい薬のハチアズレを処方して貰う 。

11月27日(水)病院食をパン食に変更する。パンと果物のみを頂くことにして、吐き気

の副作用で“オカズ”は臭いに耐え切れず、息を止めて配膳車に戻しました。補給食は、

病院の売店と近所のコンビニで調達する。ちなみに、昼食は、果物とカップラーメン。朝

食と夕食は、持参の果物(りんご・バナナ・みかん等)と、牛乳・パン・サンドイッチ・チー

ズ・ポタージュ・ミニワンタン等でした。当然外泊中は、我が家にてワガママ食でカロリー

を補給する。


○ 治療 3、4 週間目 <03年12月1日(月)〜03年12月14(日):体重 61.2 kg>

放射線治療( 9 〜 18 回)のみ。 3 週目から放射線の副作用により、ノドと食道に痛

みを感じ始め、ポンタール(消炎解熱剤:液薬)とアルロイド G (食道と胃壁の粘膜保護:

液薬)を服用する。又、 3 週間目にして抗がん剤の副作用により、髪の毛が抜け始め

(毛根が無い) 4 週目の終わりには、約 50 %が抜け落ちました。しかも、白髪は残り

黒髪だけが脱毛し、ガッカリ!! (しかし、浜本 Dr の言うとおり 3 月には春の新芽と

共に、しっかりと黒髪は生えてきましたヨ。 )

治療 4 週間目 には、食道炎は更にひどくなり、みかんは酸味で食べられず、更にバナ

ナまで酸味を感じ食道が拒絶し、食べられる果物は「りんご」だけとなった。(副作用が強

いから、必ず治るのだと信じる反面、本当に治るのかなとの一抹の不安も同居する。)

12月9日(火)内視鏡検査(細胞摂取)により、今まで食道を塞いでいた 2 〜 3cm の

腫瘍が、枝豆を縦に半分に割った程に縮小。先ずは、第一関門突破だ!!

(嬉しかった〜。この治療 法で治らない患者さんも見てきたので、 これで絶対に治ると

確信しました。)


○ 治療 5 週間目
03年12月15日(月)〜03年12月21日(日)::体重 60.2 kg>

放射線治療( 19 〜 23 回)と、最後( 2 回目)の抗がん剤治療となる。抗がん剤の薬

量は前回と同等量だが、前回の経験があるので早め早めに対応し、吐き気止めの錠

剤(ナウゼリン)も初めて処方して貰い、吐き気は強いものの嘔吐は 1 度も無かった。


○ 治療 6、7 週間目 <03年12月22日(月)〜03年12月29(月)::体重 58.5 kg>

最後の放射線治療(24〜28回)は、腫瘍のみ局部照射に変更。

12月22日(月) いつもの通り夕食前に、りんごを半分食べた後に何の前触れも無く嘔吐

する。その後、寒気がして初めて発熱( PM 7 時 38.3 度)する。原因究明の為に血液バ

イオ検査を行うが、ウイルスその他異常無し。この日より夕方になると発熱( 37.2 度〜

39.2 度)し、退院後の翌 04 年1月上旬まで続く。

ハッキリした原因は分りませんが、今迄の放射線蓄積と局部照射の影響で、ガンがあった

部分がタダレ発熱につながった様です。日中は平熱で吐き気も治まり、食道の炎症以外

何処も悪い所は無いのですが、りんごも食べられなくなり、退院まで家族の差し入れ食に

変更。飲食物は、牛乳・茶碗蒸し・プリン・カステラと限られ、点滴で 1,000 カロリーを補給

する。何とか 12 月 26 日(金)には退院し、 12 月 29 日(月)通院で最後の放射線を

終え、予定通り 6 週間と 1 日で治療は全て終了しました 。


○ 自宅療養
<03年12月27日(土)〜04年1月7日(水)::体重 56.5 kg>

退院後、食道の炎症は益々激しくなり、夜中も痛みで 2 〜 3 時間おきに目が覚め、オプソ

5mg (麻薬)で痛みを抑える日々が続きました。尚、食道の痛みと共に、水以外の飲み物は

受け付けず、味付きの食べ物は、一切受け付けませんでした。食事はオプソ 5mg を服用

し 1 時間以上かけて、ダシだけの「野菜がゆ」や「お雑煮」等を一口毎に水で流し込むしか

なく、体重も入院前より 10kg 減少しました。

今思えば、退院後の 12 日間が一番辛かった時期でした。点滴でのカロリーを補給も無く、

口からの栄養摂取量は多分1日 700 カロリー前後で、これでよく生きて要られるなと思い

ました。しかし、松飾りが取れる頃から今までが嘘のように、徐々に熱も下がり痛みも次第

に和らぎ、体力は回復に向かい出しました。


○ ガン消滅
 <04年1月15日(木)>

04年1月8日(木)に、血液・ CT ・内視鏡検査(細胞摂取)を行い、肉眼ではガン細胞は見

当たらないが、腫瘍のあった箇所が、スリ傷の様に赤くタダレテいるので、細胞検査結果が

出る 1 週間後に最終診断を出すとの説明でした。そして、運命の 1 月 15 日(木)に主治

医の浜本 Dr から「ガン細胞は完全に消滅」の診断を頂きました。

食道ガンは完全に消滅! 本当に嬉しい!! 僅か 2 ヶ月で完治するとは、正に夢の様で

す。その日は快晴でした。何時も通っている帰りの常磐高速道を走っていると、隣で妻が

「富士山がとっても綺麗」とポツリと言いました。今まで、私の看病に追われ富士山を観る

余裕など無かったのでしょう。私は、自然に「ありがとう」と答えてしまいました。

1月17日(土)からは、普通の食事を摂る事ができ、体重も 60.0kg まで回復し、 1 月 26日

には会社に復帰できました。是もひとえに、オミノ主幹のホームページに出会え、的確なア

ドバイスと激励を頂いたお陰です。国立がんセンター東病院では、内視鏡部長の大津Dr 、

消化器内科の浜本 Dr 、そして放射線科の石倉 Dr 並びに二瓶 Dr 、放射線技師スタッフ

そして、病棟看護師の皆様の熱意ある治療と励ましにより、完治させて頂きました。


  3月からは好きなゴルフも再開しました。今年の桜は格別きれいに感じました。若葉

もすがすがしいです。食べるもの全てが美味しいです。今では何事も無かったかのような生活

を送っています。いや、少し変わりました。草花や山とか川の流れを見る目が変わりました。

人を見る目や人生の考え方が変わりました。医学はここまで進歩しました。手術をしなくても

ガンは治りました。そして、人の心まで変えて頂きました。

page uploaded on 2004/5/21

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