ガン病棟からの脱出

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2004/8/23未明歿、ご冥福をお祈りします

弟Kの場合

       51歳ステージII腺がん J大にて手術
       
(主幹注:腺がんに対しては手術です)

2002年10月食べ物のつかえを感じる
いつもの食道炎と思ったが中々良くならない

11月上旬近所の内科で内視鏡の検査をするが、内視鏡が入らない
翌日、会社医務室の先生(J大出身)のご紹介でJ大の附属病院にて検査
一週間後、日本人には珍しい腺がんによる腹部食道がんステージUと診断され、放射線の治療では治癒率が下がるとの説明あり、即日手術の予約をすることになった

本人、家族に衝撃が走り、皆で図書館、本屋、新聞、インターネット、対がん協会、友人など懸命に情報収集(こちらのサイトの助けもありました)
腺がんは間違いない(2ヶ所での病理検査より)、手術しかない(扁平上皮がんであれば放射線と抗がん剤を加えた療法もあるが)ことが判明、
後はどこで手術したら一番良い結果がでるかだが(正直言って国立がんセンターなども考えた)、
どんどん食べられなくなってきており時間は限られていた

食道がんと診断されてから5日後、本人の希望でJ大の先生と面談をしてJ大の症例と執刀医である先生のご経験を聞く
J大における食道がんの症例は年間20から30例、5人の医師によるチーム制で都内の大学病院の中では多い、
弟ぐらいの場合5年生存率は50%程度、これは全国の基幹病院並とのこと
決意して12月上旬手術する
本人が太り気味で脂肪が多く、手術時の出血多量など予期せぬ出来事もあり、ICUに3週間近くもいたが、2月上旬に退院(予定では12月下旬だった)

感想
 一番難しかったのは、最高の治療をしてくれる病院と医師をどう選ぶかでしたが、これが本当に難しい。
特に食道がんの場合、通路が狭くすぐ通過障害を起すせいか時間に迫られました。病院を代えるのも中々の決断だし、やはり最初の病院選びが重要な気がしました。(オミノさんのような人は普通の精神力の持ち主じゃないのであって、あのように振舞えなかったといって落ち込む必要もないのです)
当然他の医療機関でセカンドオピニオンを聞きたいと思い、率直に面談時に申し出たところ、手術日を予約しての行動は明らかに病院にとって迷惑な様子でした。(その時にはもう固形物は入らなくなっていたし、食べ物が入らないというのは人間にとって恐怖だと思う) 
一旦キャンセルしてしまったら、他所で手術するにせよJ大に戻るにせよ手術は遅れるというジレンマの中で身動き取れなくなってしまった。
尤も先生も忙しい中(本人にとっては一生の一大事だが、医療の現場にとってはよくある日常の出来事で、彼らも時間に追われているという落差が現実にはある)、随分時間を割いて再度病気や手術の説明、本人の不安に答えてくれたと思う。
症例数、ご経験、自信もあり、人柄も信頼出来そうと私たちはその辺で決断しましたが、食道がんの手術は難しいし(上手くいかなかった場合は生死に関わると今回感じた)、臓器を取るというのはその後の生活の質も左右しますから、よくよく治療法は(どのような方法にもメリット、デメリットはあると思うが)検討のこと。
最後に入院中、先生方、看護士達、事務方など全ての人たちが、本人もとより家族にも誠実、親切、礼儀正しく接してくださり(主治医の心労は大変なものだったと思う)、
また美しく清潔な病室、整った設備、美味しい食事には本当に気持ちよく過ごせ退院できたと感謝しております

page uploaded 2003/02/12

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