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飲んだり食べたりする時に喉に何かつまるような違和感を覚える。 市の医療センターの耳鼻咽喉科に行き診てもらう。 夜、自宅でインターネットを調べる。食道ガンの手術はガンの手術の中でも最も大変なものの一つで、もし成功しても術後のQOL(生活の質)が著しく損なわれるとのこと。 次の週、病院へ行き、担当医に説明して東病院の大津先生宛ての紹介状を書いて頂く。なるべく早く行って下さいね、と念を押される。 この病院の診察を受けてから一週間で病名もわかり入院先も決められたわけで、この先生の早い親切な応対には感謝しています。最初の病院の検査日を待っていたらまだまだ日数が経っていただろうに…と思うとゾッとする。 ただ放射線科学併用療法にはアレルギー感がありできれば拒否したい。というのも前年主人の姉が子宮頚ガンで放射線治療の末亡くなっているのだ。抗がん剤の副作用といわれる悪名高き吐き気や脱毛等できれば避けたい、と東病院に行く日を延ばし、健康食品のAHCCを飲んでみたり、別の病院を調べたりするが、喉の痛みやつまり感が増してき、背中や胸が痛くなってきたりして、先延ばしするだけ手遅れになるのでは…と周りも心配してくるし、私自身も不安が増してきてついに東病院へ主人と行く。 4月12日 大津先生の診察を受ける。食道ガンで大きさは7cm(市立病院の検査との誤差が3cmもあった!)ステージはV期。放射線化学併用療法の内容明と、手術した場合とのメリット・デメリット、過去の治療成績、生存率等の説明を丁寧にされる。手術を望む場合は、説明も受けられますよ、と言われるが、放射線化学併用療法でお願いします、と答えいよいよ東病院で治療を受けることに決定。 後日、入院前に内視鏡とCT検査を受ける。1回目の入院は4月30日からと決まる。
第1クール 4/30〜5/18 抗がん剤治療(5日間連続点滴、1日休みまた5日間連続点滴)、と放射線治療
病室は7階の4人部屋、眺めのよい窓側ベッド。 5/1 2日目 10時より抗がん剤点滴開始。中味は5FUとシスプラチンと吐気止め。 5/2 3日目 食欲なし。PET検査受ける。 5/3 4日目 朝食ヨーグルトとプルーンのみ。 5/4 5日目 身の置き所がないような感じがつらくベッドを出て、ロビーに少しいる。看護師さんに話すと吐気止めのプリンペランのせいだと教えられ、明日から別のものに変えてくれるという。 5/5 6日目 朝起きたては吐き気なし。お腹すいてヨーグルトとプリンを食べるが、ヨーグルトは半分で味がおかしくなり止める。朝食前にムカムカして吐く。吐気止め点滴後眠くなり、ほとんど午前中寝ている。 5/6 7日目 抗がん剤お休み。今日一日解放されると思うとアイスくらい大丈夫…と1個丸々食べるが、それが災いして1日中ムカムカする。 5/7 8日目 また抗がん剤開始。 午前中の吐き気止めはあまり効果なく、補水液が入りだすと吐き気がおさまる感じがする。 5/8〜5/11 9日目〜12日目 ほとんど吐き気との闘い。いかに吐き気を避けるか。オミノさんのサイトに書いてあったのでなるべく大量にお茶を飲もうと努めるが、お茶を飲むのも気持ち悪くなり、全身吐き気に捕まってしまうと動く気もおきず、ほとんどベッドから動かず、TVばかり眺めている。 5/12 13日目 お昼頃抗がん剤点滴終了、栄養剤の点滴は続く。 5/13・5/14 14・15日目 抗がん剤終わり間際に下痢始まり、2日間悩まされる。下痢止め3回飲む。たえずお腹が痛かったり、トイレに行きたかったりと苦しむ。お腹を温めてもらうとだいぶ楽になる。 5/14 16日目 栄養剤の点滴終わる。24時間の点滴から解放され、ホッと安堵。 5/15 17日目 食欲出てくる。食事が胸を通る時の痛みは無くなっていた。有難い。 5/16 18日目 大津先生に味覚の件聞いてみる。抗がん剤の副作用なので個人差があるため、時間はかかるかもしれないけれど、いつか戻るからと断言され、一安心。 5/18 20日目 退院。主人と長男が迎えにきてくれて、19日ぶりに我が家に帰る。 5/20〜23 放射線治療に毎日通う。 5/24 味覚や吐き気や体力面での問題を緩和するため、漢方の先生にみてもらうために巣鴨まで行く。電車に乗って病院まで行くという簡単なことが本当に大変。 5/29 内視鏡検査、血液検査のため東病院へ。 6/5 血液の再検査。初めて車を運転して病院へ行く。体力が落ちているのでちょっと心配したけれど、車の方がずっと楽だった。 6/6 午後CT検査を受けるため病院へ行く。 6/7 第2クール開始 午後病院に着く。病室はまた窓際でラッキー。ところが今日は金曜日で治療は月曜日からとのこと。それではと、外泊届けを出して、家に戻る。 6/10〜6/15 今日から2週間の治療開始。白血球値は2,200、通常は4,500〜8,500だというが治療開始OK出て治療始まる。吐き気止めのプリンペランは抜いてあるのを確かめる。 6/17〜22 5日間の抗がん剤治療開始。またもや不安と緊張。 7/19 第3クール開始 今度の部屋は廊下側だった。 7/20〜24 入院は5日間で期間は第1、第2クールの半分になったが、期間中の抗がん剤の総量は同じなので、1日の量は前回までの倍になり、副作用の吐き気が強い。座薬の吐気止め入れるがやはり吐いてしまう。 7/25 退院の翌日。下痢が始まり、また簡単に吐いてしまう。市販の吐気止めや下痢止めを飲むが効果なし。食べても吐くか下痢かで、まったく体に力なし。入院中の治療も苦しいが、退院後自宅での生活も自分の身体もままならない状態で不安のまま一日横になっているのも大変辛い。 7/27 隣市の市立病院に主人に連れて行ってもらい、吐気止めと下痢止めを処方してもらい、点滴を受け、だいぶ楽になる。最初にガンと診察して頂いた先生に偶然会い、報告とお礼を述べる。 7/28 下痢の状態が軽くなってくる。 8/21 第4クール開始 今日から5日間の治療開始。白血球値が5,800、初めて標準値となる。 8/22〜25 食欲なし。お腹はすくけれど、食べられない。でも第3クールの時よりは吐気は少ない。 8/26 退院 長く辛かった都合4ヶ月にわたる入院生活もいよいよ終わり。 後は定期検診を受けながら、時間をかけて体力を戻して元気になっていこう、と病院を後にする。 治療にあたって下さった大津先生をはじめとした諸先生方、一日2回も往診があり、丁寧に対応して頂き本当に感謝いたします。それから看護師さん達はいつもてきぱきと親切に看護して下さって感謝しています。
と、これで私の闘病記が終わればよかったのですが、 11月になると咳が頻繁に出るようになり、熱も出てくるので、大津先生に電話して翌日診察してもらうと肺炎とのことで、翌日即入院。 結局、約1ヶ月入院し、病院でのクリスマス会にも参加してハンドベルや聖歌合唱を楽しむという経験もして、25日、クリスマスの日に退院と決まりました。 ところが、ようやく退院という日の数日前から胸の当たりが痛くなりだし、先生からは問題ないと言われましたが、喜ばしい退院の日を迎えても不安が残りました。 退院後、2週間おきに通院して血液検査を受け、検査の結果が良ければ、薬を1錠減らして、変わらなければ量はそのままというように薬の量を決めて頂いてまた2週間後に通院、という繰り返しを続けました。ステロイド剤の副作用は数多くあり、私が一番大変だったのは筋肉痛、関節痛でした。入院中の胸の痛みから始まり、背中も痛くなり、退院後もひどい痛みの時は身動きができないような激痛があり、痛み止めを飲むと少しは治まるけれど、毎回痛み止めを飲むのも良くないだろうと、塗り薬を塗ったり、温熱器を購入し、痛い個所にあてて痛みを和らげていました。髪の毛は抜けて少なくなっただけでなく、髪の質まで変わって、パサパサになりツヤが失われて大変落胆しました。顔はムーンフェースといわれる張れた顔になり、肺臓炎が治って治療が終わっても2,3ヶ月はまん丸な顔をしていました。 こうして半年間の投与期間を経て、2年前の夏、ガンによる入院から1年たって、ようやく肺臓炎から解放されたのです。
W その後 これで病人生活は卒業かと喜びましたが、2,3ヶ月が過ぎた頃、今度は肩が痛くなってきて五十肩の痛みとの闘いが始まったのです。ガンに比べたら、命に関わる病気ではないのですが、2年間ガンやその後遺症と闘ってきて、あげくの五十肩に、これでもか!と追い込まれたような心境になりました。 ガンの検診の方は、半年に一度行っていますが、肺臓炎のなごりの炎症があり、いつもガン検診の翌月には念のためにCTをもう一度とるような形ではありますが、問題ないと診断され、今年は3年目の検診を受けることになります。 私の場合はガン発覚からガン闘病、ガン消滅、その後、肺臓炎という有難くない副産物に見舞われたこと、抗がん剤・放射線やステロイドの後遺症にも苦しめられ、五十肩に泣かされ、と身体に痛い所や不調を感じない日はないというほど不調続きの長い長い2年間でした。 オミノさんにまず感謝、オミノさんのサイトに出会えた幸運に感謝、そして何よりも支え続けてくれた家族や友人達に感謝しつつ闘病記を終わらせて頂きます。 page uploaded on 2005/02/15 |
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