ガン病棟からの脱出

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新たなる勝利者たち

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更なる勝利:あれから2年が経った
七十四歳ステージIII、「更なる勝利」の追加手記

 今年76歳の父が国立がんセンター東病院で食道ガンに対する併用療法を開始した日から2年が経った。主治医の大津先生から「ガン消失」の結果を頂いてから1年8ヶ月、9月10日に受けた2年目の検診も無事にクリアできた。1年目からは半年毎の検診で次は来年の3月になる。
 現在、父は大変元気で「食道が有って有り難い。御飯が美味しい。」と感謝の毎日を送っている。ガンを患い遠い千葉まで行って治療を受けたということで多くの人が心配して下さったが、元気に集まりに出席し会食での食欲旺盛な父の姿に驚かれるそうだ。

 とは言うものの、ここまでにも心配なことが皆無だった訳では無い。最初はガンが消失して喜び合った直後の昨年2月末、家族の反対を押し切って2〜3回、地元の集会に出かけて風邪をひき、夕方になると38度台の熱を出しては近くの医院から出してもらった抗生物質を飲み朝に平熱に戻すということを3日程繰り返した。食欲が減退し少し息苦しいというので2年前にお世話になった地元の総合病院で検査を受けた。レントゲンの結果、肺に少々水が溜まり少し繊維化も認められるとの事でガン治療との因果関係を心配したが、結局は長年の喫煙の影響と加齢のためとの診断だった。
 念のため大津先生に血液検査の結果をお送りしてご相談したが、心配無いので総合病院で続けて投薬して頂くようご指示を頂きこれが大きな心の支えとなった。年齢的に脱水症の心配があり1週間入院して点滴を受けてすっかり元気になったが、もっと自重するべきであったと父も反省し無謀なことをしては命を救って下さった皆様に申し訳ないと言うようになった。
 5月29日の検診も異常なしだった。この際に消化器待合せロビーでオミノさんとお目にかかったそうだ。オミノさんはこの日も食道ガンの方と待合せしておられそのご活動に改めて頭が下がったと共に、ご自身の検査結果も心配無しと益々お元気そうで両親も大変心丈夫に思ったそうだ。

 2度目の心配事は今年の1月10日の朝起こった。父が軽い脳梗塞を起こして入院したのだ。起床時に左脚がどうも不安定なことに母が気付き、直ちに救急車を呼び病院へ。MRIの結果、投薬のために3週間の入院となった。翌日、父を見舞ったが食欲も有り、軽くすんだことに感謝した。
 一昨年の治療の後、母は毎朝父の様子を注意深く見ることが習慣となっていたため父の普通なら見過ごすような異常に気付くことができたそうだ。一病息災とは言うが食道ガンを患ったお陰で脳梗塞が手遅れにならずにすんだというだと前向きに考えている。
 長年の喫煙のために心房細動が発生し、そのため心房内の血液の流れが乱れて血栓が発生し脳の結果に詰まったとの事。そもそも食道がんの最大の原因も喫煙だと言われており、父は煙草のためにがん、心臓、脳という3大病を全て経験することとなった。父は食道ガンになる前に煙草を止めていたが今でもその影響が色々とでてくることには驚かされる。

 3度目は今年の3月29日。東病院の内視鏡検査で前回の部位とは違う所に直径5mmほど染色されない場所が見つかったのだ。脳梗塞以来服用していた血液凝固阻止薬のワーファリンとバイアスピリンを1週間止め、内視鏡でその部分の組織を採取して検査を受けた結果、異形扁平上皮というもので食道にはよくできるものとの事。とりあえず一安心したが、その1週間は気が気ではなかった。

 そして9月10日。3月に有った異形扁平上皮は消え4mm程度のものが2ヶ所見つかったが、これらも検査の結果心配無しとのことだった。「2年で無事であれば再発率は5%になります。」との大津先生のお言葉に母は熱いものがこみ上げたそうだ。そして先生から「脳梗塞の方をお大事に。」とも言われたそうだ。
 父は歳相応の老化は有るものの車やスーパーカブで毎日のように外出している。大津先生のお人柄のお陰で半年毎の検診の不安も少なく、逆に先生にお目にかかれるのを楽しみにしているようだ。

 実は、父が第1クールの治療を受けていた一昨年の10月頃に父の高校の同級生で食道ガンが見つかって地元の病院で手術を受けた方がおられた。手術は成功し11月には無事退院され、食事には苦労されていたようだが国内旅行も出来るようになっておられたものの、1年後の昨年10月に喉の近くに再発。再手術を受けられ5FUとシスプラチンの投与も受けられたが、今年の5月に首のリンパ節への転移も見つかり9月に亡くなられた。
 退院してからのQOLの違いだけではなく、あまりにも違った結果に父も私たちもオミノさんとこのサイトの存在にいくら感謝してもしきれない気持ちで一杯となっている。


追記
 ところで、現在オミノさんは患者本人以外からの相談は受付けておられないが、ここに至った経緯をご本人の名誉のために若干説明させて頂きたい。
 皆さんの中には昨年末から今年の始めにかけて併用療法を考えられている患者さんと家族のための掲示板が作られていたことをご存知の方もおられると思う。毎日のように寄せられる新たな患者さんやその家族からの問い合わせや相談に一人で対応されていたオミノさんの負担を皆で少しでも分担し、併せて投稿だけでは伝えきれないその後の経過や各々の得た情報の交換ができないかとこちらから申し出て設けて頂いた。
 当初は地方でそのまま手術を受けようとされている方に東病院でのセカンドオピニオンを勧めるなどそれなりに活動をしていたのだが、様々な方の集まる掲示板では本来の目的を維持することが困難となり、遂には併用療法を否定し手術を肯定する意見まで出てくることとなって、自分自身も大きなストレスに晒される身であるオミノさんに更にご負担をかける結果になってしまった。
 一時はサイト全体を閉じてしまおうとまで考えられたオミノさんを思い留まらせたのが戦友Yさんの「それでは敵前逃亡になる。」という言葉であったということが当時の状況を如実に表していると思う。
 結果、オミノさんはサイトは残すものの掲示板を閉じ、患者本人以外の問い合わせには対応しないという選択をされた。私自身もオミノさんが東病院まで行かれた経緯とKさんのお嬢さんの手記を読み、大津先生の論文や関連記事をネットで調べるだけで決断には十分であったことから、「新たな勝利」欄が更に充実した本サイトを読むだけで自ら道を切り拓く意志のある人には十分という結論に達している。

page uploaded on 2003/10/15


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