日本を代表する私立大学病院医学部食道外科のエースが大学を去った。
2004年、今でも標準的には食道ガンは手術なのに...
癌をテーマとするドラマ、特に癌に負けた話は体に良くない!?
でも田宮二郎主演のTVドラマ『白い巨塔』を改めて観てしまった。
お嬢様役の島田陽子、若かったな〜(僕も歳をとりました)
オンエアー中の『白い巨塔』と観比べるのも一興。
でも、ニヒル、ワルをやらせたら田宮二郎!
唐沢寿明演ずる財前が、膵臓ガンの権威という設定なら...
しかし、今でも白い巨塔は存在する!
四年前僕が入院した時点で、東病院には三年の実績。だから、いまでは七年の実績になる。
雨後の竹の子(?)のように、放射線と抗ガン剤の併用療法を試みる病院が次々出現した。
しかし、放射線化学併用療法のレジメンは各病院で異なることをお忘れなく。
ある医師からのメール、
東病院の大津レジメンについては、「最も経験症例数が多く」「最もレベルの高い雑誌に論文が載った」ということで、「今のところ多くの施設の目標値となっている」ことは事実ですが、それがBESTであるという証拠はどこにもありません。
別の医師は『放射線治療がまだ発展途上なだけに、有名で実績のある先生は良いのではないか』
また、東病院へ国内留学させたいと進言したが、上層部から必要なしと止められた話も聞いた。
年末に旧帝大系付属病院にてステージVIと診断され、それでも手術を勧められた、とメールが届いた。
どうなってるんだ?
医療格差は存在する!
放射線治療:
子宮頚がんや食道がんで生存率最大3倍の差
子宮頚がんや食道がんの放射線治療装置を使ったかどうかで最大3倍の差が出ることが、厚生労働省研究班(班長・手島昭樹大阪大教授)の調査で分かった。以前から不適切だとされている装置で 治療を続けている病院が多いことも明らかになった。
研究班は、全国で放射線治療をしている約700の病院から75カ所を抽出。95〜97年に 治療を受けた各種のがん患者について調べた。
子宮頚がんでは、放射線を出す金属を子宮内に挿入してがんをたたく「腔内(くうない)照射」 の装置を使ったかどうかで、生存率に大差があった。進行がんの「3期」の場合、同装置を使わない患者の5年生存率は23%だったが、 同装置で治療を受けた患者は64%。より進んだ「4期」でも13%と38%の差が出た。受けなかった患者の一部は症状が重かった可能性もあるが、 それを考慮しても照射の有無が大きく影響したとみられる。
日本放射線腫瘍(しゅよう)学会の別の調査によると、全国で放射線治療をする病院のうち、腔内照射をする病院は約2割。 しない病院は、照射が必要な患者を設備のある病院に紹介するのが原則だが、紹介しない病院も目立つという。
また研究班が食道がんの手術を受けずに放射線治療を受けた556人を調べたところ、放射線のエネルギーの違いが生存率に影響していた。
複数の医学専門書によると、体の奥にできる食道がんの治療には、がん細胞に放射線を届かせるため6メガボルト以上の高いエネルギーの放射線を使う必要がある。 ところが、調査対象の75病院のうち20病院には高いエネルギーの装置がなかった。病院の規模などから全国では患者の2割強が低いエネルギーで治療されていると推計された。
3年生存率を調べると、がんがあまり進んでいない「1期」と「2期」の場合、低いエネルギーで治療を受けた患者は35%だったが、高いエネルギーだと44%。 より進んだ「3期」では5%と18%だった。
手島教授は「患者は病院に、腔内照射を受けられるか、放射線のエネルギーが6メガボルト以上かを確認した方がよい。行政や病院は、適切な装置を備える努力をしてほしい」と話している。
【高木昭午、鯨岡秀紀】
◇悪い装置しか使えず、「患者に申し訳ない」
「患者に申し訳なく、つらかった」。厚生労働省研究班の調査で、適切な装置の有無で生存率に大きな差が出ることが分かった、がんの放射線治療。国立病院の医師(40)が、副作用を防ぐために効果の薄い治療を続けるしかなかった現場の実情を明らかにした。一方、装置を替えて治療の改善を図る病院もある。
医師は97年から99年まで週1回、西日本の国立病院で働いた。治療装置は「コバルト」と呼ばれるタイプで、放射線のエネルギーが低く、食道がんや肺がんの一部には不適当だった。
非常勤の身で、直接患者に「装置がよくないので他の病院へ行った方が良い」とは言えなかった。主治医に事情を話し、良い装置のある大学病院に患者を送るようにした。それでも、主治医の了解が得られない場合や、体力がなく移送しにくい患者は、仕方なくそのまま治療を続けた。
コバルトのような低いエネルギーの装置は、副作用で皮膚炎が起きやすい。背中の皮が日焼けしたように赤くなり、ひどくなるとズルリとむける。副作用を防ごうと、あえて、がんに当てる放射線を減らしたこともある。医師は「治療効果が落ちるのは覚悟の上でした。つらかった」と振り返る。
98年、治療に適した装置を買ってほしいと院長に頼んで認められた。1台3億円。予算がなかなかつかず、購入は02年までずれこんだ。
一方、厚労省研究班の調査結果を生かして改善が進んだ病院もある。大阪府吹田市の吹田市民病院。研究班長の手島昭樹・大阪大教授が非常勤医師として働いていた。手島教授は研究班の調査結果や、放射線治療を受ける患者が増えている現状を病院に説明した。病院は02年、20年間使っていた古い治療装置を約2億4000万円の新装置に替えた。
新装置は食道がんなど体の深い部分にあるがんに放射線が届くうえ、以前より狙いを絞って放射線を当てやすくなった。
手島教授は「装置を替えて副作用ははっきり減った。その分、治療もしやすくなった」と治療効果に期待している。【高木昭午、鯨岡秀紀】
毎日新聞 2004年4月21日 3時00分 |
2004年1月22日 CTおよび内視鏡検査、
これまで何度飲んだことか?毎度苦しい。
昨年ハワイからのヘルプメールにて知った。米国では内視鏡検査は全身麻酔!ショック。
そこで「モット強い薬を使ってください」と頼んだ。
「これ以上強い薬を使うと呼吸停止になります」と医師。
「呼吸停止でも苦しくなければイイです」とワガママな僕。
腕から注射。「どうですか」と医師。
「イヤ、ゼンゼン効いてきません」と僕。
「では薬を増量します」その後は夢心地。
内視鏡が入ったことや検査が終了して「内視鏡的にはキレイです」と言われ、自分で歩いて隣の部屋のベッドによこになった。いつもなら雑誌を読んで過ごすのだが、今回は2時間爆睡。
「自動車を運転して帰るのだからダメ。アト2時間、病院の中に居なさい」と言われてしまった。
次回は妻に運転させてカエロ。
2月2日、検査結果発表、異常なし。
この四年、僕がピンピン生きてきたことは医学の進歩、そして運。
ボチボチ、完治の二文字がみえてきたかな...
取り急ぎ追記、(2004/8/27)
今日しか出来ない事は今日やれ、明日でも良い事は明日やれ、
優先順位の確認!「癌」言われたら人生観が変わります。
2004/04/21毎日新聞のサイト 「放射線治療:子宮頚がんや食道がんで生存率最大3倍の差」
サンプリングはサンプリング、実情はモット違います!
我々が実感してきたことが新聞記事になった意味は大きい。
なぜって、日本人は活字に弱いでしょ。
僕は過去に書いた「誰も自分の命を扱うように他人の命を扱わない」と!
僕が電話を使って、説明しても行動を起こせなかったてことは、生きる資格が・・・・・?
書きながら、何と尊大なことを書いてるか、との自覚はあります。
情に棹させば流される。 ナサケが解らない者に生きる資格はあるのか?
自問自答の4年間であった。
掲示板を立ち上げても時間の無駄。
よそのサイト主幹に聞いても、掲示板を閉じている。
大半の癌患者本人はインターネットが出来ない。
大方は家族がアクセスしてくる。
家族と関わってもガンと言われた者同士にしか解らない事がある。情報は一方通行、こちらへのフィードバックは皆無に近い。
掲示板に書かれる事柄など、結局うまくいかなかった恨みがある。
助言や善意も相手を選ばなければならない。
自分で決めなかった人間が一番タチが悪い!
そして掲示板は患者家族のフラストレーションの発散場、タンツボ状態となる。
そんな掲示板を、新参加者が覗けば地獄絵図ですよ。
今一度書こう、我々が家族との時間を割いて対応していた事を自覚してるか?
のど元過ぎると我関せずと卑怯な振る舞いをする者が居る。
まだ、『ガン病棟からの脱出』を立ち上げた頃。すなわち放射線化学療法が???と思われていた時期の話である。
癌と告知されたとのメール。我々はベストを尽してアシスト、アドバイスを行った。
オフ会にその男は来た、油紙に火を付けるが如くベラベラとしゃべり続けた。
僕は彼の声を遮り『そんなに言いたいことがあるなら、サッサと原稿にしてくれ』と怒鳴った。
彼の職業は翻訳家・著述業で文章にするのは朝飯前の人種だ。しかし、彼は書かなかった。
こんなヤツに生きる資格はあるのか?何と自分勝手なヤツが多いか?
自他共に自分勝手な僕が呆れるレベル。神は何と不公平なのか?
以後、オフ会参加条件は、新たなる勝利への寄稿者に限定した。
不義理、そして妬み、嫉み、疲れた。
呪い療法は東西で異なる。
日本では○○ワクチン、アガリクス、プロポリス、天仙液、メシバコブ等、
マルクスではないが、アヘンと同じ。
僕らの知るかぎり、そんなモンで助かった者はいませんよ。
気休めなら水で十分。
癌と戦うことは手探り状況、自己判断、自己責任、自分で納得できる戦い方を探せ。
インターネットが使えて分かる話、インターネットが使えないと? 情報格差をしみじみ感じる。
最後の晩餐に何を食べるか?
モノの本には色々あるが、実のところ『貴方、癌です、死にますよ』と請求書を突きつけられた事のない人間が書く戯れ言だ。
最後の晩餐と覚悟を決めて食しても砂を噛むよな味気なさ! まー治療前、白血球を気にしないうちに刺身の食いだめはいかがと書いておこう。
さて、僕は蕎麦が好き。週二度三度食べても飽きない。40代まではラーメン好きだったが、蕎麦好きに変わった。
一昨年、検査前、もしもの事を思って蕎麦を食いに信州は黒姫の「ふじおか」へ出かけた。
癌宣告以前ならこんな事をするはずもない。価値観、人生観が変わるんです。
新蕎麦入荷、MYと浅草の大黒屋で喉が残って良かったねーと蕎麦を食べた。
ふと気づくと、隣のテーブルの面々が聞き耳ダンボ状態。
まーそうだわな、癌話をして酒を飲み、元気に喉越し喉越しと騒いでいれば、当然そうなることを理解していなかった。
以後、オフ会は個室の取れるところでの開催が絶対条件になった。
昨年の忘年会にてのエピソード。僕らが元気でいられるのは貴い犠牲(原爆)から得た放射線情報と、MYが広島料理の店を選択。
新規参加者が個室に案内されると、どんちゃん騒ぎ『部屋、違ってませんか?』と仲居さんへ言ったそうだ。
元癌患者のオフ会とは言え、盛り上がりに驚き、部屋を間違えたのだろうと、思ったそうだ。チャンチャン。
さて、新年会。忘年会に都合が付かなかった方々、8人の参加。
忘年会と新年会併せれば16人。
一番最初の新年会は僕とMYとアル中のMさん3人で浅草は大宮のブイヤベースを食したことを思うと隔世の感!
新年会、土曜日なので予約は楽勝と思ったのが大間違い。段々世間は景気が良くなってる?
気の利いた個室がある飲食店は満員御礼状態。やむなくMYの手腕に任せ、銀座・福臨門を12000円で押さえるが、皆さんよく飲む。
酒代がかさみ20000円に成ってしまった。まーフルコース、名物フカヒレはモチロン、ご馳走を食し楽しい一時にて満足、満足。
ちなみに柏詣での際は、竹やぶや知味斉も、お試しあれ。
QOLとは日々の事、癌と宣告されてから慌てて取り繕うモノではありません!
これまで、新たなる勝利者と会って、共通点があることに気づいた。
皆さん、自己責任、自己決定で日々を過ごされてる方ばかり。
リスクと向き合えた者だけが味わえる、勝利の美酒。
虎穴に入らずんば虎児を得ず!
04/08/07 オフ会を銀座 揖保の糸・庵にて開催、 喉越しを味わう。
あいにくの夕立であったが、満員御礼、皆さん元気に参加してくれました。
04/08/23 新たなる勝利者、初の訃報が届いた。
このページ(「弟Kの場合」http://yamai.org/hospital/sengan.htm)を残すべきか、削除すべきか?
意見は真っ二つに分かれた。
唯一の手術例、お亡くなりになりました。
放射線化学療法を受けた者しか生き延びられない、みたいなバイアスが掛かったサイトになるのでは、と大いに悩みましたが削除いたします。
04/12/17 追記
2002/01/記 元食道ガン三兄弟、僕とY氏M氏にて新年会、去年より一人増えた。その後も、公式オフ会やミニ・オフ会の常連。
2004/10/23日には、酒を止めた人たち、飲んじゃいけないMさん、そして僕でミニ・オフ会をランチタイムに開催。(夜だとヤッパ酒ですから)
その後、Mさん飲んだくれてばかりいると、除名ですよと僕とMYで警告。
11/22日、妻と娘は実家に出かけたので、拙宅には僕一人ですよ。歌舞伎町で遊んでないで、こちらに来ればとお誘いすると、初めて来てくれた。翌日は祝日、拙宅でゴロネ、僕が目を覚ますと、Mさんは酒瓶を抱え飲んでいた。
Mさんは寝てるとき以外、酒を飲んだ。『ホームレスを連れて歌舞伎町で20万〜30万使うと王様気分ですよ』が口癖だった。焼酎を飲むと4〜5日、家に帰らぬ日々(奥様談)
普通なら、失業し飲む金すら無くなるのだが、Mさんは東京・千代田区にビルを持ち、働かなくても金には困らない環境が災いしたのか?
そんな暮らしをしてたMさんの奥様より、12/06訃報を知らせるFAXが届いた。
Mさんは子供頃、肺気腫を煩い30代で手術を受けた肺は、放射線を受け12/03限界に達し喀血、食道に異常は無し、また飲酒は関係なし(主治医の説明)12/04一時持ちなおすが、再度の喀血! 12/05朝、治療を受けた癌研にて死亡。 享年60歳。
12/10通夜に列席。
『癌だ、死ぬぞ』と言われ衰弱しながら死んじゃうより、突然死んだ方が、本人は楽であったろう。 さらばMさん。
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