| 12月15日 | 朝10時:国立がんセンター東病院(http://www.ncc.go.jp/jp/ncce/shokudo.html)の放射線科に電話した。
僕『受け入れて頂けますか?』 相手『そんな話、即答は困難です。2時間後に再度お電話下さい。』 僕『解りました 。失礼ですが、お名前は?』 相手『二瓶です。』 僕『では二瓶先生、2時間後に電話いたしますので宜しくお願い致します。』 11時:東京女子医大・大川教授から事の説明を受けていたが、ハラは決めていた。大川教授の話を遮り、『電話の約束がありますので失礼致します。 僕の希望は東病院に行く事です。』 大川『解りました、池田部長に大川がよろしくと伝えて下さい。』 僕『有難うございます。』 |
| 16日 | 12時ジャストに電話する。『受入OK』だ。 |
| 17日 | 放射線科で受け付けし、お約束の手続きをとる。 池田恢部長(http://jshnc26.umin.ac.jp/statement1.html)にお目にかかる。 |
| 21日 | 胃カメラとCTの検査をした。胃潰瘍も発見される。 |
| 22日 | 『今回、がんセンターへの紹介状を書いて下さった保健所の北村所長はT大学医学部出身で、友人のDr.SやDr.Rの教え子である事を今日 り、世間は狭いと感じました。』と友人にメールした。 |
| 24日 | クリスマスイブに入院した。パソコン持込禁止のためワープロを持参した。 体重は72キロ。夕食にケーキが付いて来た。生まれてこの方、初めての侘しいクリスマスになった。 Dr.Sよりメールが入った。『今度こそ粛々と出かけて下さい。サイは投げられた(ジュリアス・シーザー)。』 |
| 25日 | 例によって喫煙所で情報集めに精を出す。しかし場所柄か皆さんお任せコースのようだ。その上、肝心の食道ガン患者が居ない!?焦る。 |
| 26日 | また情報収集に行き、やっとメッケた。KさんとSさんだ。二人とも大津医師のプロトコールで僕と同じだ。
僕『どんな様子ですか。』 Kさん『多少車酔い程度のダメージかな?』 Sさん『多少食欲が落ちますかねー。』 二人ともえらく気軽な返事、百聞は一見に如かず。 |
| 僕はハラを決めた。 | |
| ありがとう、お二人さん、お目にかからなければ抗ガン剤は蹴る積もりだったから。(抗がん剤も商工ローンも、「溺れる者は藁をも掴む」と決め付けていた。) | |
| 27日 | 治療開始に当たり、循環器の天野医師に面談した。 |
| ガン告知56日目にして、いよいよ攻撃開始だ。 |
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| 28日 | 午前0時30分:就寝。 5時:小便にて起きる。体温は35.5度。 女子医大入院時に聞いた話では、とにかく水分を取れ!抗ガン剤から逃げる手は一に水分、ニに水分。幸い個室なので室温を高めに設定する。お茶それも緑茶が良い。 『わたしって乳房は小さいのに腫瘍は大きいの。』と、 とにかく明るく元気な人に教わった。 8時:食欲あり、ほぼ平らげた。(-。-)y-゚゚゚ 点滴の針口にも違和感がなくなりだした。抗ガン剤の影響は無しか?左手首にはピンクのお呪いツボを押さえて、酔い止め効果があるとの事。自慢じゃないが、酔い止めなど小笠原に行った時、ヤバいかなと思ったくらい縁遠い。しかし相手は有名な抗ガン剤、ひたすら飲み排泄した。6.5liter/24hr. ボトル1本のウイスキーの替わりに睡眠薬を飲み2時間おきに起きるという、まさにアクセルとブレーキを同時に踏む行為に等しい。 午後:Dr.Sより電話があり、気分良好と伝えた。 |
| 30日 | 体重は76.5kg。4.5kgムクんだか?こんな時ビルケンシュトックは大いに役立つ。歯茎より出血したので羊の毛の歯ブラシを買う。鼻の粘膜にもダメージがある。口内炎が発生し、口腔膜疾患治療軟膏をもらう。 |
| 31日 | 午後:洗髪をしてもらいに地下の理髪店に行く。抜け毛異常なし。風呂にも入れるそうだが、針が気になりそれ処ではない。ウォシュレット付きトイレはありがたい。 |
| 2000年 1月1日 |
何十年ぶりかのシラフで迎える初日の出、ナースステーションにて。 都会と違って、周りには視界を阻むモノなし。 8階から眺めると、地平線近くに出た出た!!初日の出。20世紀最後の正月を迎えた。 5FU投与終り、一時帰宅だ。 |
| 2日 | 病院にトンボガエリ。午後9時ふたたび病室のベッドの上の人となる。 |
| 6日 | 目標再確認のため撮影する。 |
| 7日 | 目標3ミリのズレを修正する。 僕『腫瘍の外側にはどの程度当てるのですか?』 大山技師『頭部など動かない所は5ミリ余計に当てますが、食道等は動く箇 所なので10ミリ余計に当てます。』 なに、10ミリのマージンだって?何処ぞでは30ミリと言ったぞ。 デジタル画像処理システム、コントラスト自動調整。保険にも、デジタル処理代金として加算されるそうだ。がんセンター東病院、精度が違う。 僕『何秒間当てるのですか?』 大山『この機械は一分間に3Grでます。前後1Grですから片面20秒です。 しかしもう一方で使っていると、その間待たなければなりません。』 僕『そうですか。宇宙戦艦ヤマトの波動砲と波動エンジンの関係みたいですね。』(~o~) そこで僕からの提案『そんな短時間なら、息を止めますから指図して下さい。』 リンパを含めT字に照射される。わずかにBGMが流れてる。 大山『始めます。』 約3秒後ジィーとかすかな音が聞こえる。僕は数える。1、2、3、4、..... 大山『楽にして下さい。』ハァーと息をする。 僕『理想的な患者は何をすれば良いですか?』 大山『十分理想的患者です。』 僕『ならお互いベストを尽くして、結果はどうあれ、最高ですね。』 |
| 9日 | 一時帰宅にて、10日退院の手続きをとる。 |
| 10日 | 午後1時、外来にて放射線に通う。 夜、春木屋へ家族3人で出掛ける。妻娘に大盛中華そば、僕ワンタンメンを注文する。喉の締りがピークを迎える。そばを喉に通すために、まるでペン ギンが魚を飲み込む様にアゴを上げた姿勢で、それも少しずつ慎重にしなければ通らない。風邪を拗らせて、扁桃腺が腫れたような感じだ。 妻『食べ切れないの?私に頂戴。』 僕は喋るのも苦痛で、無視した。そもそも僕がワンタンメンを頼む事などなかったはず。麺すらきつい事が分からんのか、デリカシーに欠けテンだから! |
| 14日 | JJ510のバッテリーを交換する。万が一、朝エンジンが掛からなければ面倒が起きる。車なら50分程度の通院時間だ。外環、常磐、共に空いてる。
レブカウンター3000RPM。久々にレカロをのせた。 |
| 17日 | 帰宅途中、表示板を見ると首都高は渋滞ナシだ。そこで中央病院の喫煙所に向かう。三浦岬から来ているKさんと再会した。
Kさん『みんな、君の事、心配してたんだから。』 当時の面々はみな退院し、メンバー同士の交流が続いていると言う。僕も末席に付け加えさせて貰った。 |
| 24日 | 目標のマーキングが消えないよう、薄くなった所にペンを足す。ちなみに、米国では刺青を入れるそうだ。 |
| 25日 | グロープラグ1本交換、気温対策完了。最近、とみに視力が落ちた。名刺等の字もきつい。読み書き専用のメガネを調達。乱視やら、プリズムやら入れるので、時間をくれと言われる。眼鏡輔の専務Mとは、30年来の付き合いだ。任せて、完成後病院宛てに 送ってもらうことにする。 |
| 26日 | 次回入院準備のためフルサイズの「お〜いお茶」を6本(1本/日)調達する。院内売店ではフルサイズのお茶は入手不可だから。Gに送金する。米国事情やNicoderm等、色々世話をかけた。 |
| 27日 | 持ち込む書類をチェックする。食欲は旺盛、喉の違和感は無い。元気の頃合をみて抗ガン剤とは、まるでボクシングの様だ。 |
| 28日 | 午前10時:再入院。 友人達へメールする。入院している時はメールが有り難い。 |
| 29日 | 夕飯は柏駅東口近くのスエヒロで、しゃぶしゃぶ食い放題2980円。) |
H氏へのメールで、『再入院のタイミングは絶妙です(先人に感謝)。喉の通りは良くなりましたので、夕食は外食です(2カ月ぶりの肉料理)。この東病院の欠点は田舎、飯屋もタバコ屋も何にも無い(だから病院で煙草を販売※)。 病院のレストランは6時に閉店。中央なら9時まで。その他銀座も近いし。ちなみに、手術の中央、放射線と化学療法(抗ガン剤)の東、との噂あり。明後日からの抗ガン剤攻撃に向け、栄養を摂りに、柏まで片道3000円のタ クシー代をかけて行く。B級飯屋は栄養、と割りきらなければ阿呆臭い話です。』と書いた。 ※現在では院内で煙草の販売はしていません。(01年8月) |
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| 30日 | 病院近くのファミレスへ、タクシー代1000円かけて行く。院内の食事にも飽きた。 メガネが到着した。さすが天皇陛下の眼鏡舗だ。ジャストフィットする。 |
| 31日 | 午前11時:点滴準備開始する。前回と同質同量を投与するのだ。 |
| 2月 3日 | 前回と違いダメージが少ない。 |
| 4日 | 前後からの放射線は最終日だ。40グレーを終了した。 |
| 5日 | 本日のデータで、白血球3100、ヘモグロビン11.0、血小板17.0と出たが、名誉教授たちと違い、僕には数字を羅列されても意味不明だ。1575円で洗髪してもらった。 ガンに長男や末っ子は成りやすいとか。中間はストレスに強いとか。新説なり? |
| 6日 | Sさんと再会。 |
| 7日 | 本日のデータでは、白血球2800、ヘモグロビン11.3、血小板19.1だ。斜めより、脊髄を避けながら、片面放射30秒。放射時間が長いのは断面積の違い。腫瘍部分には、片面より1グレー当てる。
動く臓器は当てにならない。背骨、脊髄などの骨を基準に目標を推測し、5ミリ以上ずれたら修正を加える。30秒間、息を止める。担当は、高田敦子放射線技師だ。
喫煙所にて、咽頭ガンでステージ IVのYさん(http://www.dx.sakura.ne.jp/~freesia/gan/index.htm)に会う。彼は僕と違い中央病院 からダイレクトに東病院にやって来た。メールはOのイニシャル。勉強家。彼もまた、中央の名誉教授を讃えていた。彼の口から 『東には暗い人が多い。』実は僕も感じていた。 何故だろう?中央ほどの歴史がないので、名誉教授の数が少ない事かも知れない。彼らの経験は自信となり、ガン初心者に安心を与える。 |
| 9日 | お洒落なたばこ、カプリのレディー、明日退院おめでとう。でも来月また入院とか。Sさんが退院する。差し入れとして、抗ガン剤洗浄用にとウーロン茶フルサイズ5本頂く。 |
| 10日 | 退院準備。そして来月の入院予約をする。洗髪 ニコニコしてないと運が逃げます! |
| 11日 | 体重は73.3キロ。ナースとソフトランディングに就いて話をした。 「医者が癌にかかったとき」竹中文良著。文春文庫p280 この種の出戻り患者さんの到来はナースたちのアレルギー反応を呼ぶ。『これホンネ?』って聞きました。彼女は 『そんな事はない。』 いまの状態、将来衰弱しての再会。段々に様態が変わっていく。 本人が望むなら自宅で迎えれば良いし。私が担当の時間に亡くなったら、人 生の終焉に立ち合わせて頂いた運命を感じる。彼女の答えはポジティブだった。やはり、死ぬ時は自宅で死のうと安心した。 |
| 12日 | 退院 |
| 3月10日より3回目、4月12日より4回目の抗ガン剤のみの治療。 | |
☆東病院新情報 東京駅・東病院間高速バス開通(2001年7月)(http://www.tobu.co.jp/bus/kousoku/kashiwa/index.html) |
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