| 2000年 11月29日夜 |
銀座にておでんを食べる、それもサイトで知り合った食道ガンの後輩と。 一年前、こんなことは予想だにしなかった。 |
| 彼との出会いは春、一通のメールから始まった。 | |
| 食道がんと宣告されインターネットにて検索『ガン病棟からの脱出』を見つけた、彼もまた僕が歩んだ慶応病院、国立がんセンター中央病院、共に要手術と診断された。しかし彼も手術を受けなかった! | |
| 当初メールのやりとりをしていたが、僕は書いた。『メールごっこしてる場合じゃ無いでしょ。電話下さい。』すぐに拙宅の電話が鳴り、サイトには書けなかった事も含めアドバイスした。 | |
| 彼からの口で印象的な一言がある。『どんな高名な方のサイトでも信用しないでしょう。オミノさんは体験者、しかも実名入りで。だから、このサイト信用する気になりました。』 | |
| 僕とて一緒である。説明は受けたが、同じ治療法を受けている戦友と会うまでは、抗ガン剤に対し躊躇があった。 なんと早い1年であったか。 |
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| 1年前の今日、国立がんセンター中央病院の放射線科に出向き手術を勧めれた。当時、医師・親類・友人・そして戦友、全てに手術を勧められた。 しかし僕は拒んだ。 1年を振り返り僕は自分の信じた道を選んでよかった! 改めて医療スタッフ、そして運に感謝。 |
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| 体重・体形、例年通り。いま後遺症も感じない。 そう何も変わっていない。 唯一の変化は情緒に現れた。約三カ月ごとの検査日が近づくと告知前とは違う遙かに高い緊張感!それはまるでジェットコースターのようにカタコトと高まって行き、問題なしとの判定で緊張が落下するように解けていく。 退院当初は味覚に変化が現われた。従来、蜂蜜など舐めたことがない僕が、蜂蜜を買い紅茶に入れてよく飲んでいた。たぶんアルコールからの糖分摂取ができなくて甘いものを推したように思う。宣告前よりアルコール、タバコ共に半分以下に減らした。 |
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| 一時期、掲示板を設置した。しかし他に活発なML(http://www.incl.ne.jp/~muse/cancer/)もある。 また僕とて人の子、がん・ガン・癌と毎日毎日掲示板に目を通す事は辛い。 さらに荒唐無稽、魑魅魍魎な売り込み等々にて止めた。 直接メール頂ければ、知りうる限りのアドバイスをさせていただくが、しかし、最後の決定は患者自身と思う気持ちにも変化はない。 |