56歳女性、ステージI

 ★ 始めての内視鏡検査でガンが発見されてしまいました。
 平成13年8月、会社を退職したためもあり健康診断を1年間受けていなかった私は地元のT大学付属病院で検査を受けました。この検査でガンの疑いがあると言われ再検査を受けた結果正式に担当したk助教授より「食道ガンです」と宣告されました。   


 ★ ショックを受け悩みに悩んだ末、病院探しが始まりました。
人間はこの世に生まれたからには死ぬのは分かり切ったことですが、いざこのような状況になると頭の中は真っ白になり、何がなんだか分からなくなり"なぜこの病気に"という思いばかりがつのりました。、私の場合比較的食生活にも気を使い、お酒もほとんど飲んでいなかったので打ち消したい思いが強かったのです。
 T病院では助教授のお弟子さんと称する若い医師より治療説明がありましたが、納得がいかず不信感が募るばかりです。医師の人間関係、ことに序列が強く感じられ、不安とあせりでいっぱいのなかで弟がオミノ氏のホームページを探しました。徹夜でプリントし届けてくれた日、家族全員で読んで考えたあげく私も家族も本当に励まされました。そして東病院の大津先生に直接お伺いすることに決めたのです。
 ★大津先生に診察を受けいよいよ治療が始まりました。
  東病院に電話したところ思いがけなくも先生と直接お話ができました。丁寧な応対に不安も収まりT病院をキャンセルして東病院であらためて検査を受け、ステージ1ということで治療方法の説明がありました。手術か化学療法の選択をせねば成らずどちらもリスクを伴うのですが私は迷わず化学療法を選びました。手術は成功しても不自由な体になったらどうしよう、化学療法は様々な副作用が出たらどうしようと心配でしたが、オミノ氏の実例もあり大津先生への信頼感が不安を取り除いてくれたようです。
4回に分けて治療が始まるとのことで9月12日に入院。抗ガン剤と放射線療法が始まりました。体調にあまり変化はなく食欲もほぼ正常、シャンプー時に脱毛がやや多くなった程度です。気分の優れない時もありましたが、先生や看護婦さんの対応などで励まされ乗り切りました。10月1日退院。
 10月26日2回目の入院、白血球が規定の数値に達しないため治療開始が遅れましたが、検査の結果経過は順調とのこと、少し安心してまた点滴と放射線治療が始まりました。なにか不安があるにつけてオミノ氏に相談し、なんとか2回目も終了しました。
 3回目の治療の前に検査、腫傷はほぼ消えたとのこと、しかし白血球の数値が上がらず家庭で治療待機になりました。そして12月18日あらためて入院、治療開始になりましたが今回は吐き気が強く食欲がありません。オミノ氏にまたまたアドバイスを賜り26日に退院できました。新年を家で迎えることができ本当に良かったなとつくづく思いました。 2月半ばの検査の結果、完全にガンは消滅しました。
 ★無我夢中で半年が過ぎてしまいました。
以上が私自身の体験ですが、副作用も個人個人で差があるようです。私の場合は3回目の治療後1月に入ってから脱毛がひどくなりましたが、治ったのだからこれくらいはと気にしないことにしております。
 個人個人で苦しみも違うと思いますが私の場合は精神的な打撃の方が大きかったようです。これからの人生を思いつつも、この時期が自分の天命かとも思い、、、、、、まわりで心配して助けてくれた家族、友人のことを思うと、、、、結局私は生きることを選びました。これからも大変ですが、最終的には自分自身の心構えしかありません。"我おもう、故に我あり"そんな言葉が頭の中をよぎるこのごろです。

 同病相憐れむとは、同じ苦しみを持つ者は互いに憐れみあい助けあうと言うことなのでしょうが、なにかもの悲しさが感じられます。同情しあうだけでなく、どうしてよいか分からない時に判断のきっかけがあれば少しでも明るい道が見えてまいります。今、どうしてよいか分からないと悩んでいらっしゃる方に少しでもお役に立てれば幸いです。

平成14年3月