食道がん闘病日誌 - 再発

再発までの経緯

2004年2月、近くの病院で食道がんが見つかり、3月24日国立がんセンター東病院に入院、同月29日より5月31日まで化学放射線療法を受けた。7月 6日の外来受診時、待望の「がん細胞は見つかりませんでした」との診断をいただきホッとする。その後しばらく東病院でフォローしていただいたが、9月28 日の診察時に地元大学病院宛ての紹介状を書いてもらい、今後は地元の大学病院で検査・診察を受けることになった。このとき紹介していただいた大学病院の先生は以前東病院におられた方で東病院の諸先生方ともご面識がおありとのこと、心強い。
 大学病院では3ヶ月ごとに内視鏡・CTを、6ヶ月ごとにPETの検査を受けることになり11月22日CT・内視鏡、11月24日PET、2005年2月 28日CT・内視鏡と定期的に検査を受けた。毎回の内視鏡検査では原発巣近くに隆起が認められるもののルゴール、生検共に異常はみつからず癌ではないだろうとの診断であった。
その後5月30日内視鏡・CT、5月31日PETと検査を受け、6月6日の面談で「原発巣のあたりに癌と疑わしい隆起が出来ておりおそらく再発したと思われる。組織がもろくなっているため生検でがん細胞があるかどうかはっきりしない」との診断が示された。ちょうど1年目の再発、はじめから再発の可能性は指摘されていたことではあるが、正直ガックリとなった。
「ここでも治療はできますが、以前治療を受けられたがんセンター東病院のほうがいいでしょう」と医師が東病院の主治医に電話をつないで下さり、直接話をすることが出来て「超音波内視鏡で精密に調べて治療方針を検討しましょう」とのこと、その場で6月10日の東病院外来受診を予約する。

2005年6月10日東病院
  超音波内視鏡検査に先立ち、今は研究所に移動しておられる前の主治医が時間を割いて下さり、 大学病院の医師から送られたらしい内視鏡の画像を見ながら

・ 原発巣に残っていた顕微鏡レベルのがん細胞が増殖したものであろう
・ 治療方法としては 内視鏡による切除(EMR)、レーザー治療(PDT)、 外科的切除などの方法があるがおそらくPDTの適応になるだろう
と説明してくださった。

超音波内視鏡検査は女性医師を中心に行われたが、途中「これってサルベージサージェリーって選択肢もありってこと?」(この通りの言葉だったと思う)という声が聞こえ、「えっ!手術しなきゃならないの」と不安な気持ちになった。

  内視鏡検査の後、快復室で休んでいると主治医が見えて「方針が変更になりそう。詳しくはY先生から説明があると思います」とのこと。
Y医師との面談で「超音波内視鏡の検査で2箇所に隆起がありそれぞれ粘膜下層、筋層まで進んでいる。深くまで浸潤しているため内視鏡的切除、レーザー治療のいずれも適応外で手術をすることになるだろう。14日に開くカンファレンスで検討し治療方法をあらためて提示する」との話があり、検査中の不安が的中して愕然とした。

6月15日
東病院受診(家内同行)。
外科医との面談

「食道がんの外科手術での死亡率は通常0〜1%であるが、化学放射線療法後に再発した場合の手術では死亡率が15%とリスクが高く、癌を取りきれる可能性も低い。また、すでに他に転移している可能性があるため手術後に再発する可能性が高い。こうしたことから手術はあまり勧められない」との説明があった。
「このまま放置した場合はどうなりますか」と質問したところ、「東病院のデータで余命9ヶ月」とのこと。

内科医との面談

一方、内科医との面談では「生検の結果、2個の隆起のうち筋層まで達している方にがん細胞は見つかっていない。他方は粘膜下層に達していて典型的ながん再発のパターンが見られ、低分化型偏平上皮癌と思われる。本来手術になるところだがリスクが大きい。幸い深くまで進行している方はがん陰性なので、カンファレンスではEMR(内視鏡的粘膜切除術)をやってみようということになった」とのことであった。また、「放射線治療の後は組織が硬くもろくなっておりEMRでは切除できないか、完全に取り切れず再発する可能性がある。このような場合はレーザー(PDT)か手術で対応することになる」といった説明もあった。面談後に「手術とEMRのどちらを選択しますか?」と治療方法の選択を迫られ、一も二もなくEMRを希望、6月22日入院、23日EMR実施、様子を見て27日退院といった予定が組まれた。

6月22日
東病院入院。
早速M医師との面談が組まれ、病状についての説明と、EMRでも取り切れない場合があること、状況によっては食道に穴があくこともあり得ること、もし穴があいた場合は
   1.クリップでとめる
   2.開いて食道を縫う
   3.食道を切除する
といった方法で対応する。ただ、2 3 は実際に起きたことはない。また、取りきれなかった場合は熱で焼灼することがあり、この場合は痛みが出ることがあるなど、EMRに向けての説明があった。

6月23日
家内来院。午後、内視鏡的切除術実施。通常の検査より時間がかかった(40分程度)が苦痛はなかった。ただ、電気による焼灼が行われた模様で少し焦げるような臭いがした。
治療終了後M医師から

「再発がんは切除したが、硬い上に深くて取りきれなかった可能性がある。切除後の傷が白くなっておりこの点からも癌が残っている可能性があるため焼灼した。今後痛みが出るだろうが経過を観察する。 深い方は硬くてコリコリしており取れなかったが、生検でも陰性であることから癌ではなく食道粘膜下腫瘍(平滑筋腫)の可能性がある。これは良性の腫瘍で大きくなることはない。今後発熱がなければ27日に退院してよろしい。」
といった説明があった。
夜、食事なし。痛みが出る。

6月24日
内視鏡検査。切除個所に出血がないか確認のための検査だとのこと。「昼から食事が出ます」と医師の話。夜、昼ともに重湯と具なしの味噌汁。痛みが止まらず熱が少しずつ上がる。

6月26日
痛みが激しい。鎮痛剤(ポンタール)を処方してもらいやっと治まる。

6月27日
退院。

7月5日
外来受診。
EMRで切除した腫瘍の検査結果について「切除した腫瘍は神経内分泌細胞癌の疑いが濃い(この点については中間報告であり最終決定ではない)。また、リンパ管・血管に癌細胞が入っており、他へ転移している可能性がある。ただし、現時点ではCT等でも転移しているかどうかを判断することは出来ず(ある程度大きくならないと画像として捕らえることは出来ない)経過を見るしかない。もし再発した場合は、局所再発ならPDT、リンパ転移の場合は手術・抗がん剤などを行うことになるだろう」といった話があった。
神経内分泌細胞癌は悪性度が高く、仮に治療できたとしても極めて予後の悪い癌らしい。

7月14日
東病院受診。CT検査のみ。
CT検査後吐き気・発赤の症状がでる。造影剤の副作用らしいがまだ検査室に入るときだったのですぐに処置を受けることが出来た。注射を含む薬物での副作用は初めてであった。

7月19日
東病院受診(家内同行)。 EMRで切除した腫瘍の検査結果について神経内分泌細胞癌ではなく、低分化偏平上皮癌であった旨のレポートがあったとのこと。変なのでなくてよかったと、同じ癌でも少しでも悪性度の低いものであったことに安堵した。再発した場合は食道ならPDT、リンパなら手術、肺・肝臓に出た場合は抗がん剤で治療することになる。ただ、この場合治る可能性は少ない。」との説明あり。また、7月14日のCTでも異常は見つかっていないとの報告も頂いた。

8月1日
外来で内視鏡検査。生検用に組織を採取。

8月16日
外来受診。
「内視鏡検査の結果はきれいでがん細胞はない」とのこと。
「食道がんは大腸への転移が起こりやすいので、大腸の内視鏡検査を受けるように」と地元大学病院宛ての紹介状を頂く。

8月22日
大学病院受診。 「先日厚生労働省に出張したとき東病院のK先生にお会いしてMさん(私)の病状経過について話を聞きました」と大学病院の主治医から話があった。病院を離れた場所で一人の患者のことを話題にしてもらえることを有難いと思う。
東病院での治療経過を報告し、大腸の内視鏡検査と、最近気になっている前立腺の検査を予約。

9月5日
東病院受診。
CTと内視鏡検査。「食道は見たところきれいだ」とのコメントあり。

9月12日
大学病院受診。
大腸内視鏡検査。腸内はきれいな状態で癌などの心配はないとのこと、ホッとする。

9月20日
東病院受診。 大腸内視鏡検査の結果を報告(大学病院の医師が書いて下さった手紙を提出)。
「CT、内視鏡共に問題はない。次は6ヵ月後でいいだろう。」のコメント。

 放射線治療からちょうど1年目に再発が見つかり、一時はすでに転移している可能性があるとの診断が出てすっかり落ち込んでしまった。一時、手術もやむを得ないかとも思ったが、先生方に他の選択肢を与えていただき、食道を温存して元気に暮らしている。今後どのように推移するかは判らないし再発の可能性もあるようだ。ただ、「がん」という病気の性質上、どのような治療をしても100%治ったと言い切れないのも事実だろう。将来を悲観するより、今元気で暮らせることを感謝したい。また、手術することになるかもしれないという不安を当サイト主幹のオミノ氏にご報告したところ、「光線力学療法・PDT」のKさんに連絡を取ってくださり、Kさんより直接メールで励ましと経験に基づくアドバイスを頂いた。ご両人にあらためて感謝します。

2005年10月13日