勝利への出発   (夫婦、二人三脚で滋賀から千葉へ)
55歳 ステージW 男性  身長178cm  体重90kg

2003/
7/20

空手の練習を終えてPM11:00遅い食事をとる。主人が突然、ステーキが胸の辺に詰ったという。
1時間たっても、どうにも動かないので、救急病院に電話をして、内視鏡の先生が当直の病院へ行く。 大きいお肉が詰っていましたので、押し込みました。「何で詰ったのですか、癌と違いますか?」と聞きました。「そんな簡単に癌になんかなりませんよ。気になるようなら、検査を受けたらいいでしょう。」と言われる。

10日程まえに、空手の全国大会に最年長で出場し、少し疲れが出てきたのかなと思いました。
それからも、時々詰る事がありましたが咳き込むようにすると、うまく出てきていたので、忙しさに紛れて検査にも行きませんでした。

8/30

すぶたの豚肉が詰ってしまい、前回と同じ状態です。いつも詰るのは夜です。夜間の救急で前と違う病院へ行きました。口から出てきた内視鏡は血だらけだったようで、前回とは様子が違います。

9/1

内視鏡検査とCTと血液検査を受ける。
「先生、悪いものでしょうか?」 「結果が出るまで、わかりません。」
癌かもしれない、久しぶりにインターネットをつけてみる。
食道がん、、、オミノさんのHPにめぐりあう、まさか主人が癌 そんな事はないだろうと思いながらも、時間を見つけては読んでいた。

9/12

病院に検査の結果を聞きに行く。
「告知してほしいですか、しないほうがいいですか?」
オイオイ・・・それ告知してるのと一緒やん
出来るだけ早く入院して手術を受けるようにとのこと。しかし食道の場合は大手術になり、合併症が出ることも多い。放射線治療のことも聞いたが、論外であった。
この時点での私たちの気持は、癌=死の恐怖 でした。
この時点で、オミノさんのHPを知らなかったら、成すすべもない私たちは、底のない恐怖に堕ちていたでしょう。メールをしたこともなかった私たちですが、藁をもすがる思いで、オミノさんにメールをしました。
早速メールとお電話をくださいました。見ず知らずの方が私たちのパニック状態を救って下さったのです。

オミノさん  「まず焦らないで冷静に、目が回っていては適切な判断が下せません。」と

もしも癌だったら、私は東病院へ行き、オミノさんと同じ治療を受けたいと決めていましたが、主人は死ぬかもわからない病気でそんな遠いところ行くのは、寂しくてとても耐えられないと言います。

仕方なくオミノさんに関西の方にどこか同じ治療をしてくれる病院がないのかとお聞きしました。

「がんセンターや大学病院等でも、"同じ様な"治療が行われているところもあるが、食道がんを外科的手術せず退治出来た実績を持つ病院は限られた病院だけです。同じ治療方法ならもちろん国立がんセンター東病院です。」
「実績のない病院で、人柱にならないでくださいね。犬死にです。」「治療を受ける病院選びは慎重に、治療成績の実績が大切。」とのお返事です。

放射線化学併用療法の治療をしてくれる病院であれば、どこの病院でも良いのだと思っていた主人も、放射線化学併用療法の治療と言っても各病院でレジメンは異なると言う事、そして今までに何人治療して、どれだけの ” 実績 ” があるのかが、一番大事なことだと解ったようです。

9/16
「病気への恐怖が強ければ、一番実績のある病院へ行くことが冷静な判断では無いでしょうか。」と、オミノさんの助言とともに、主人の親友が色々調べてくれた結果、信頼できる漢方の先生が食道癌は東病院のその治療が一番だ、迷ってないで一日も早く行くように。と主人を説得してくれ、生きるために二人で頑張ろうと主人も腹を決めました。
9/18
こちらの病院の担当医に東病院で放射線化学併用療法の治療を受けたいと話しをして、大津先生宛ての紹介状とCT等の検査資料をもらう。
9/20
20・21日と和歌山で空手の全日本マスターズの大会があり、今回は私が滋賀県代表で出場。
20日の夕方、台風の中なんとか飛んだ飛行機で和歌山から羽田へ着く。この日は羽田で1泊する。
9/21

羽田空港から国立がんセンター東病院経由、柏駅行き(西口着)の、直行バスが出ている。(今年の6月からできたラッキーだった。)1時間足らずで到着。ザ・クレストホテル柏(TEL04−7146−1111)の前で降車 このホテルにしておけば 良かったなー

雨風の中 柏駅を渡って JR柏駅東口より徒歩2分のホテルサンガーデン柏(TEL04-7166-3111)に宿泊する。(シングル¥8400〜、ツイン¥15000〜) 病院までのバスは、朝ラッシュで1時間以上かかる事があると聞いて、朝7時30分にタクシーを予約した。

9/22

7時30分ホテル出発、20分ほどで、国立がんセンター東病院着
AM 内視鏡検査を受ける。
PM大津先生に診察を受ける。
ステージV(後でリンパにとんでいることがわかりステージWとなる)治療方法の説明を受けるが、迷わず、「オミノさんと同じ治療をお願いします。と言う。」

5年生存率 40パーセント 厳しいが賭けるしかない。戦うしかない。次回の為に、病院の受付で、柏市内宿泊施設のプリントをもらう。11件載っていた。

9/24

PM1:00 病院より明日入院して下さいとの電話が入る。
こんなに急ぐほど悪い状態なのかと、主人と二人共 取り乱してしまい、オミノさんに電話をさせていただいた。

オミノさん 「なんでマイナスに考えるのか、プラスで行きなさい。ラッキーじゃないか。」
オミノさんに受け止めてもらい、なんとか気を取り戻したが、一日中興奮状態だった。

9/25
JR能登川より米原へ、米原から新幹線ひかりで東京駅に着く、東京駅の八重洲南口の高速バス乗り場より、江戸川台行き、(国立がんセンター経由)が出ている。AM7;30始発から70〜80分に1回出ている。片道¥800だが回数券を買うと6枚¥4000となる。40分ほどで国立がんセンター着、柏駅西口行きのバスに乗り換える。
柏入り
病院の入院時間が、10時だったので、今回はバスで行くために、ホテルは柏西口の柏プラザホテル(TEL04−7147−1111 シングル¥5000〜、ツイン¥12000)に泊まる。
ホテルよりバス停まで、徒歩1分  病院まで30分足らずで到着(国立がんセンター行きのバスは、8分〜10分間隔で来る。)
9/26

入院  体重85kg

健康が自慢の主人でしたので。病院大嫌い、入院なんかとんでもない、と言う状態で、入院2日目の土日は外泊をさせもらった。5〜6日たって少しずつ病院に慣れてきた。
私は柏プラザホテルから毎日通う、このホテルは1階にレストランがあり夜遅く病院から帰ってきても、にぎやかだし、明るい雰囲気で気持がホットした。入院で必要なもの、足らないものも、商店街が近いのでとても便利だった。
(他の宿泊施設4件見に行くが、今のところここが、ベストでした。)

10/6
第1クール  抗がん剤投与10回  5-FU 800mg シスプラチン 80mg 放射線照射15回
1週目  3日目からむかつきがでる、食欲全くなし 水も飲めない
      プリンペランをやめてもらう  むかつき止めの座薬を入れる
      5日目  朝食  かゆを少し食べる。
2周目  黄疸が出ていたので心配だったが、数値が下がっていたので、予定どおりに治療がはじまる。
      3日目  シャクリがでる。吐き気がきつい、食欲まったく無し、水も受け付けない。
      6日目 アイスクリームを食べた。放射線の副作用で口内炎が少し出てきた。
3週目   放射線治療のみとなる。点滴がとれて、束縛から解放され、とてもうれしかった。
       夜、1階のロビーを30分ほど歩いて、運動不足を補う。
10/29
退院    入院時85sの体重が78sになっていた。
東病院から東京駅までのバスが渋滞で2時間30分もかかり、新幹線で米原に着いた時には、もうクタクタでした。
次の入院に備えて、体力温存に努める。
11/17
入院  10:00胃カメラ  X線    体重82kg
第2クール  抗がん剤投与10回 5-FU 650mg シスプラチン 65mg 放射線照射15回
        
1回目に副作用がきつかったので、抗がん剤の量を調節してくださる。
オミノさんのおしゃるには、「副作用はケースバイケースですが、このような時に ” 東病院の経験 ” がモノをいうんですよ。」と言って下さったとおりに1回目よりは抗がん剤の副作用は少し楽になりました。
12/10
予定どうりに、退院
次の治療にそなえて、余計なことはなるべくしない様にして、体力温存に努める。
2004/
1/5

柏入り

今回は、買い物も無いので、病院に近くて送り迎えをしてくれるという、ホテル デルプラド(TEL04−7131−7188 病院に行く者ですと言えば、シングル¥6300、ツイン¥10500です。)に泊まってみた。
東京駅よりバスで国立がんセンター東病院に到着、病院よりホテルにTELをして、迎えにきてもらう。5〜10分でホテルに着く。前回までのホテルと違って、工場街のなかに、ポツンとあるので、近くに商店も何も無い。最上階にレストランがあるだけで、ホテルに着いたらお風呂に入って寝るだけのところ。

1/6
ホテルの車で、朝9時に病院へ送ってもらう。

胃カメラの検査     体重83kg

1/7
第3クール  (抗がん剤のみの治療となる。)
5-FU 1300mg  シスプラチン 130mg 抗がん剤の量が2倍になる。

1、2クールは、副作用の強かった数日間だけ(夜が不安が強くなるのと、吐き気止めの座薬を入れるのに、看護士さんにしてもらうのが恥ずかしくて頼めないと言うので)夜も付き添いを許可して頂いたが、今回は抗がん剤の量が2倍なので、副作用も強くなるだろうから、ずーっと一緒にいてほしいと言うので、無理をお願いして1週間、簡易ベットで付き添いました。これが原因で私が体調を崩すことになりました。(簡易ベッドは、体の小さい方なら、まだ楽なのでしょうが、身長170、体重?の私、3日目からベッドの足をたおして、床の上で寝ました。つらかったー)

2日目 シャックリが出る。

3日目 副作用で胃がやける、背中が痛む、食欲無くなる。

毎回、病院の食事をまったく受け付けないので今回は、家で作った雑炊を冷凍して持って行ったので、それを食べ続けたので、体重も減ることもなく、体力が維持できた。
1/13
退院

次回の入院まで、体力温存、気力充電!

2/5
入院

胃カメラとCT      体重83kg

2/6
第4クール

前回と同じ

2/13
治療の疲れが残る。治療の積み重ねで副作用のダメージを感じる。前回よりも回復が遅い。しかし、雑炊を食べ続けたので、体重は減らなかった。
帰りのバスの渋滞が結構、体にきついので、一度 電車で帰ってみることにして、柏駅に出る。(電車はラッシュ時を外せばOKと聞いていたので) バスの渋滞よりは、随分楽だった。
3/12

1ヶ月目の検査に行く

胃カメラとCT      体重89kgまで戻った。

3/22
結果を聞きに行く。

三梨先生より、「がん細胞の検査、陰性です。がんは消えました、再発率は30%です。」と告げられました。しかし副作用として肺に少し影がでていて、水がみとめられるが、生活に支障なしということで、ひとまずは安心しました。

治療中に副作用が強く出た時もありましたが、最高の病院で、最高の治療を受けることができたとの思いが強く、この治療で良いのだろうかとの不安が無かった事が、本当に幸せでした。オミノさんのHPと的確なアドバイスに心から感謝しています。
手術をしなかったおかげで、以前と変わらない生活ができ、本当に有り難く思います。今では、以前と変わりなく、夫婦揃って空手道場に行き、リハビリがてらに子供たちに教えています。
ステージWでもこのように、治ることができました。私達のように食道がんと宣告された方々に、希望と勇気を与えていけるように、5年先の完治を目指して頑張ります。
2004/04/17初掲載