5年は生きたここちがしない、ステージI・男性

遅ればせながらまた神仏にも睨まれながら、「私の入院生活」を下手な感想文にしましたのでお送りします。


2001年6月、定年を控えた定期検診で胃カメラ検査を受け、自覚症状は全くなかったにもかかわらず「食道に潰瘍がある。悪性か良性か調べてみる」で始まった。
毎年バリュームか血液検査で疑似陽性(口から肛門までに出血の疑い)は2回程あったが無事パス。今回バリュームは翌日の排便が大変なこともあったので胃カメラを自分で選択。
結果は「大学病院・外科を紹介するで腫瘍は取ってもらったほうが良い」とのことであった。

検査を経て食道の真ん中に5センチのガンがあると言われ、何回も入院手術を勧められる。当初は「まさか?内臓にも単なるおできができることもある?」程度に思っていたが、本当のガン宣告なのでびっくり。
治療は「食道は全て切除、胃をのどにつなぐ。元通りの体力回復には4,5ヶ月は必要だろう」と言う。食道周辺には重要臓器が多く、手術は6時間位掛かることも知る。
テレビ等で知った化学・放射線療法はどうかと外科医に言うと「じゃあ、内科に移って放射線にするか」のそっけない一言・・・・・・・ここで「自分の命・健康の問題だから治療法もより良いものを選びたい。少し調べてみよう」となる。

不得手なパソコンで「食道ガン」を探す。手術で父とおじを亡くした人(繋ぎの不具合などから敗血症・腹膜炎併発)のこわい話などの他に、「ガン病棟からの脱出<オミノ主幹>」に目が行く・・・・
手術予定で病院を転々し最終的には国立ガンセンター東病院で化学・放射線治療を受け食道ガンを治した人の経験談である。
悶々とする中、オミノ氏に連絡し諸々に関してご教示頂く。また「70才の患者が15日・15日・5日間の治療で食道癌を克服」のガンセンター診療記録(大津医師)も見る。
大学病院に多少の義理は感じたが、紹介状・検査フィルムコピーをもらい7月下旬ガンセンター東病院に出向く。初対面の医師は副院長さんだったが、再検査期間中勝手ながら「内科・大津医師、放射線科・石倉医師に主治医・・・」の旨の手紙を出してあったためか、入院時ベッド際の主治医名を見て感激。
大津医師から治療内容の説明を受ける。抗がん剤2種の24時間点滴10日間を2回と5日間を1回か2回(副作用は、1%の人は毛が抜け、一般に食欲が落ち、腎機能を低下させることも)。放射線は15日間を2回(1回の照射時間は1,2分で白血球を減少させ、かぶれも?)。石倉医師からは治療中は絶対禁酒、飲んだら死ぬぞの忠告を受ける。

8月中旬1回目の治療が始まった。初めての入院でもあり、抗ガン剤に負けたらどうしようと不安に。同室にいた点滴3回目の50才位の食道ガン患者を見ていると食事がきてもほとんど手をつけず直ぐに下げてしまう。聞くと「たまにデザートの果物は食べるが、毎日売店のおにぎりを1個だけ。7キロやせた」と言う。
点滴量は1日2,3回に分け約3リットル。腕に針をつけた状態で10キロ近い点滴スタンドを引きずりながら、1時間ごとにトイレに行き尿を計量タンクへあける、毎日1回の放射線室への往復・・・・の生活が始まった。気分は重く・少し気持ち悪い。どういう訳か便秘気味。歯垢が多くなり歯磨きは毎日10回以上。眠剤をもらってもほとんど眠れない。テレビや新聞を見ていても本を読んでいてもその内容はほとんど素通りの日の連続。
息抜きは、数時間ごとに通う地下の喫煙室と看護婦さんに頼んで針を外してもらい、きれいな庭を散歩しながら池の鯉などをながめるくらい。
一方「治療は医師・病院にまかせた。患者は治療に耐えられる体力を維持するのが仕事。せめて3回の食事は残さず食べるぞ」と思い、10日間の食事をおいしくはなかったが気を入れて90%は食べる。
退院後5日間は午前中は会社に、午後は放射線科に通院。点滴はなく気分的に通常の80%位の状態に戻る。困ったことは、いつもは夕食時おかずで一杯が水・お茶・ノンアルコールビールなどに変わった、昼食によく食べる好物の中華タンメンの味が全くうまくなくなってしまったことなど。

2回目の入院では、白血球の異常低下により治療は1週間延期される。状態は1回目とほとんど同じ。気負いが取れたか、食事は80%強に。
同室の娘さんの勧めで入院してきたという食道ガン患者(熊本のO氏)(http://yamai.org/hospital/new/from_kumamoto.htm)は数日間しゃっくりが止まらず少し気の毒だった。
また、同世代の患者(浅草のI氏)がいて、2回目・3回目を通し喫煙室で「点滴漏れの針替え何回。食欲ないし気分も重いけど、ステロイド系の吐き気止めをやめれば気持ち悪くならない。目の前の霊安室には年間数百人は入るそうだ」などの話をする。またここでは、喉頭・大腸・胃・膵臓・歯・肺・乳・子宮などんの様々な患者さんがきて、各人各様の感情のこもった貴重な体験談を聞くことができた。

3回目は11月、点滴なしの5日間。放射線なしだが状態は前2回とほとんど同じ。食事は70%強。大腸?をやったあと食道に再発した70才位のSY氏は、驚いたことに病院食を魚の缶詰と一緒に100%たいらげてしまうと言う。まねしようとツナ缶を買って試してみたが、半口でもうダメ。
3回の退院のたびに、胃カメラ・CT スキャンによる検査を受ける。毎回「きれいになっている」と言われ12月上旬の診察をもって、治療終了。「よく治った、助かったなあ。ありがたい」とほっと一安心。

しかし、この頃から味覚・食欲・体調・飲酒量(元の6,7割)はほぼ正常に戻ったが、体がしびれ始める(鈍い筋肉痛が上腕・背中・胸にこもる)。柔軟・屈伸運動で治そうとしてもダメ、強くやると息切れ・動悸・耳鳴りも。あげくの果て、しびれは腹筋・もも・すねにまでひろがり、近場の温泉通いも効果なし。
今年2月の3ヶ月検査(食道を含め内部は異常なし。次回は6月)のおり、大津医師に相談してみたが、「原因は分からない。他の病院で観てもらったら」と言われる。
それでも、激痛ではないし柔軟・屈伸運動で治ると信じこれを続行中。5月に入り痛みはかなり和らいできているが・・・・・・・。


入院・治寮生活をふり返ると、@ガンが早く発見され(ステージT)Aパソコンでより良い情報・アドバイザーに出会えBその結果、より良い病院で早期で適切な治療を受けることができ、本当に幸運であった。
発病が、数十年昔であれば既に手後れ状態になっていた?
また、誤診・治療ミスのニュースが絶えない現在、一瞬とは言え「死」というものを強く連想させた「あのガン」が正味3ヶ月で一応完治したことは驚くべきで、前述のオミノ氏・医師と助手・看護婦の皆さんには、本当にお世話になり、心から感謝している次第です。

あとは、再発しないこと・体のしびれが早くとれることを祈るばかり。